内面はどれくらい磨いたの?

ほんの思いつきで発言し、それに群がって主張をし、それだけで社会活動した気になってるようなTwitterの雰囲気や、そういう人たちが大嫌いです。



5日に1回だけ買い物に行きます。

友達にはもうずっと会ってません。(オンラインでのみ話してます)

コロナのせいで経済的に困窮した大学生の支援のために現金を寄付しました。

家にあったもので、手縫いで布マスク作って、不織布マスクは他の人の手にいくように購入控えました。



文句だけたれて被害者面するよりずっとまし。


声に出さない本当に困ってる人のもとに、いろんなものが届きますように。
祈って止みません。


クソのまま生きる人たちもいるけど、それでも、「一個の人」の思いやりを信じてるよ。

「信じて」っていう人のことは、信じてないし、わたしはほとんどのものを信じてません。「信じてないじゃん」って人から責められた時、「信じるって何を?」と真顔で答えました。
あなたの何を信じろっていうの?信じてほしいなら、それなりの行動をしてから言ったら?そして、そういう行動や姿勢がある人のことは、ちゃんと信じてます。その、行動や姿勢や言葉のひとつひとつを信じてるよ。

そうじゃないから、信じてないだけ。

人に言う前に、自分自身を見直して、磨いたほうがよい時間を過ごせます。
| - | 20:45 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |

思い出が汚されてく

好きじゃなくなったからなのか、わかりませんが、嵐のReborn曲が全部嫌いなんですけど…。
うすら寒いんです。

大好きで楽しくて大切にして何回も何回も聞いて、そのたびにできた思い出が、全部汚されてくような感覚を覚えます。
なんでなの?
どうしてなの?

わかんないことなんて、世の中にはたくさんある。理解できないことも、理解できない人も理解できない思考方法もあるのはわかってる。もうこんな年齢だもの。よくわかってる。

でも、どんなに避けても、わざわざぶつかってくる虫みたいな。
虫にとっても、私にとっても、利益のない瞬間が、なんでこう、人生のスパイス並みにちりばめられてるんでしょうね。

好きの反対は「無関心」だよね。とよく人に言われましたが、それはそうだろうと、何を当たり前のことを言うのかと、思ってた。
だって、世の中には、好きかどうでもいいかしか、ほぼないじゃん。

わざわざ「嫌い!嫌い!」と言う機会なんてないやんけ。と思ってた。

でもね、どんなにこっちが距離をとってやっても、どんなに避けてやろうと思っても、ぶつかってくる虫もいるんだよ、世の中には。理解し難いけど。(というか理解できんけど)
もう、そしたらね、周囲を巻き込んでね、「嫌い!嫌い!こいつ嫌い!」と主張して、周囲の人にも手伝ってもらって遠ざけるしかないわけです。


そういうものもあるんだって、この年齢になるまで気づかなかったんだから、幸せなことです。まる!
| - | 21:45 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

お前がどけ

組織がクソと言いすぎている感がありますが、今日も、組織がクソだという話をします。


いつだって、組織というのはクソです。

国なんていうのも、あるようにみえる便宜上のものなのだけど、それが暴走すれば、ただのクソです。

大勢の人が日々を生活していくのに、使い勝手よく、妥協しあえる点において、存続できる国という制度。
それを、権力と勘違いする輩が、いつの時代にもいましたね。
いくら大勢あつめて、味方と思い込んで、固めたつもりの組織でも、組織である限り、大勢の「一個の人」の信念や自由の前においては、なんの力もないの。

GWに「キャプテンアメリカ、シビルウォー」を(また)見たんだけど、本当にこれだよなって、思った。
前から好きではあったけど、本当に今まさに、これをみて欲しい。

わたしは、この映画を見てキャプテンアメリカ派になったんだけど、どうしても、協定を受け入れる派にはなれなくて、それはキャプテンが最初の方で言っている、「責任を転嫁することにしかならない」とか、「組織は変化する」ってことに他ならなくて、だったら「自分たちで判断した方がよい」というところが、とても共感します。

協定とか法律とかいうのは、大勢の人にとって、利益があるからするもので、合意の上で作られたものなのだけど、今回の「新しい生活様式」って、その合意がなくて、どこかから、持ってこられた仕方なしの命令みたいで嫌なんだよね。
言いたいこともやりたいこともわかるけど、「なんで、どうして、そんなことを言われなきゃならないの?」というところまで指定されて、生活しなきゃいけないなんて、どう考えてもおかしい。

ひとりひとりの判断が「ばか」で出来なかったから、こうなっただけならまだしも、政府とかWHOとかの組織の判断、対応ミスが大きな原因なのに、それを、このレベルまで落として、命令して押し付けてくるだけの権力を、他人に渡していいわけない。

自分の思考や行動に責任を持てるのなんて自分自身だけなのに、どうして生活にまで口出しする権利を差し出すことができるの?わたしには出来ない。

もちろん、自粛は続けます。必要な買い物も、5日に一回くらいにして、人に会わない散歩以外、外に出ないで暮らしています。
それは、わたしがテドロス肺炎を引き起こすウイルスの終息を願っているから。わたしにできるだけの行動として、そうしたいからするんであって、命令された生活様式をするわけじゃない。

間違った方向に向いて欲しくない。
誰にも、誰かの人生や生活や思考や行動を支配する権力なんかないし、それを他人に渡してはいけない。




ウィンターソルジャーではゾロが言ってた「いまや世界中の人々が安全のためならば、自ら自由を差し出す」

キャプテンアメリカの言う「自由の代償はいつだって大きい、でも、それだけの価値がある」を思い出して。
| - | 13:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

きみのことを信じてる

組織なんていつだってクソだ。

私は、組織の力を信じてない。
だから労働者だけど、労働組合を、信じてない。

人が集まるとろくなことがない。
集まっていうことやすることは、いつだって、責任回避しかない。


だけどね、「一個の人」のことは信じてる。ひとりひとりのことは信じてる。1人の人間の思考や感情や、そこから生まれる思いやりが存在することは、信じてる(全員にあるとは言ってない)

だから、ひとりひとりが実行して、ひとりひとりが思いやりをもってした行為の結果、それが集団の行為の結果になって、その結果が、良い方向に向いていく時があることを知っている。そして、それはとても素晴らしいことだ。

それは、組織の力じゃない。
「一個の人」の
たくさんの、無数の「一個の人」の思いやりと力と強さで実現するもの。


これまで、社会とか、世の中とか、そういうものは、きっと、この無数の「一個の人」たちの行動の結果で、よりよい方向に向くことができていたのだと思う。

だけど、だんだん実態をもたない「組織」が幅をきかせて、みんな「組織」があると思い込んでる。
「お金に価値がある」と思い込んでるのと一緒で長い時間をかけて、ないものを、あると思い込むようになって、「一個の人」がバカになった。
無数のバカになってしまった。
悲しいことだ。

(もののけ姫思い出すな…)


他人がやってくれると思ってる人ばっかり。無数の「一個の人」の思いやりを、まだ信じていたいのに…。


中国という国には、世界と自国民ひとりひとりに謝ってほしい。
一度でいいから、謝罪したほうがいい。
なんでそうなのか、わからないなら、ちょっとどうかしてる。

中国人に対してそう思ってるんじゃない。

中国という国の「組織」として発言した人たちに、謝って欲しい。世界中と自国民に誠意を持って、1人のひとに返って考えて、謝罪の言葉を紡いで欲しい。
| - | 18:55 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

周りに流されない信念を持っちゃいけない?こうなったら突き通すわ

WHOという組織がクソになってしまったのは、まあ、もうしょうがないとして
中国という国が人命を軽んじているのも歴史からみても明白だとして

そして、「これまでにない」「かつてない規模の」醜態を晒すことになった日本政府(もとい総理一家)ですが、過去ずっと、組織なんてものは、クソだったのだと思うけどな。

だけどさ、だけどもですよ、テドロスさんも、習近平さんも、安倍晋三さんもね、ひとりの人間として、感じることはひとつもないんですかね。なーんにも思わないんですかね。
世界がこんなことになっても、なーんにも思わないのかな?



別にみんな自分のことしか考えて生きてない。

都合よく人のことを思ってるように振る舞っているけど、大抵の人は自分のことしか考えてない。

だいたい、自分自身のことすらまともに理解できてない上に、自分の性質すら人のせいや環境のせいにしてるような人は、何を考えてるのか意味わからないし、正直関わりたくない。


自分自身になんの罪も、落ち度もない人だけが、他人を糾弾することができる。それ以外はだまってろ、クソが。

落ち度のない聖人なんて1人もいないわ。
10万円給付だって、「もらえるものなら欲しい」っていう人の欲望はわかるけど、それを準備する人たち個人個人のこと考えてしまうと私はどうしても、納得できない。作成した予算案(ひとつの国のだよ?ちいさな会社とは違う規模だよ?)を組み直さなくちゃいけないし、膨大な時間かかるよ。ない袖はふれないのに、ふらなくちゃいけない。言うは易しのお偉方(もとい裸の王様)の言うことを、自分自身は納得してなくても、仕事だから実現しなくちゃならない。
人との接触を減らして、感染の危険を減らさなくちゃいけないなかで、その給付が決まれば、給付作業をしなければならない人も膨大にでてくる。全国の公務員がみんな通常でさえギリギリの人数でまわしてる仕事を抱えつつ、増えた膨大な作業を、前例のないなか、手探りでやらさらることになる。自分自身は納得してない制度だったとしても、制度だから、やらなくちゃいけない。文句も言わずに。

医療を支える人たちだって、みんなそう。忙しすぎて、文句も批判もできないかもしれない。こんな状況で対応してくれてる人にこそ、給付すべきじゃないの?



「そういう仕事についたんだから仕方ない」とかいう人は、じゃあ自粛要請で収入なくなっても、文句言うなってわけですよ。

なんなの?なんでみんなお金がほしいの?

休業補償もいいかげん、うるさいけど、たぶん「休業補償」の言葉の定義が人によって違うみたいですね。

諸外国は雇用主に雇用してる人たちの賃金の何割かを補償してるのであって、事業自体に対する補償なんてしてないわ。散々報道されてるけど、賃金の補償だから、言えば「給与補償」なんでしょ。だから日本では雇用調整助成金なんでしょ。
それを、「事業の休業に対する補償」って理解して発言してる人が多すぎる。
事業にたいするまるまる補償って、無理でしょ。家賃とかそういう固定費がかかるって言いたいんだろうけど、だから家賃支払い保留とか、ローンの返済の猶予とかが大事になってくるんであって。
止まってる事業に対して、例年通りのお金の補償するってどう考えてもおかしいだろ。

有事の時にどさくさに紛れて、悪いことを平気でする人たちがいる。
気をつけましょう。
| - | 12:20 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

もう遅いよ

正直、みんな我が身かわいさなだけの生き方をしているんだから、感染拡大防止は難しいと思います。

春節の中国人をとめなかったことも、経済活動を優先したことも、自粛のための補償を求めることも、急なマスクやトイレットペーパーの買い溜めも、休校困ると言ったり、再開は怖いといったり…全部自分の思い通りになんてならないことを、忘れちゃったんですかね〜。人類は本当に傲慢になりましたね。でも器が小さくなりました。
バブルから続く、社会システムが脆弱になっている時に生じたから、世界的にこんなことになったのでしょう。

どれだけの価値なのよ?



給付いいな〜
さよなら、私の納めた税金…
| - | 13:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

「ある」ものなんてない

私は統計が嫌いだ。
アンケートも嫌いだ。
多数のケースをひろって、傾向を導き出して、さもそれを「ある」、「真実」のように語る人が嫌いだ。


たぶん、哲学とは真逆にあるとも思う。
それに、人のこころとも真逆にあると思う。

結果的に傾向と同じ方向におさまったとしても、それがどうなるかなんて、はじめから結果づけられるわけないんだ。
そのことを知ってる人がどれだけいるの?

わたしたちは「ある」んじゃない。
「生まれてきて」、「生きてる」わけじゃない。いろんなものがそろって、いろんなものに、「生かされてる」。常に、「生かされてる」のだ。スピリチュアルな話ではなくて。

それを、実感してる人がどれだけいるかな?

実存主義も知った当初は好きだった。でも、考えれば考えるほど、嫌いになった。そんな開き直りってないわ!と思うようになった。
でも、私の考えてることも、同じような開き直りなのかな。

だけど、「ある」ものなんてないんだって、大学生のとき思ったの。社会だって、あるように見えて、ないんだって。
動いてるようにみえるこの社会システムは、所詮システムでしかなくて、そこにあるわけじゃない。

常識も、法律も、「ある」ものじゃない。
自分たちが、生きやすくするために、作ってきただけだ。だから、使うためにそこに作られただけなのに。それを、忘れて、使われるのは、ごめんなの。

みんながどうかそのことに気づいて欲しい。


剥がされる日常を実感したのは、東日本大震災のとき。
だけど、いろんなものが必死になって、大丈夫そうに日常を貼り付けはじめて、くさいものに蓋をしようとしたね?
それを、許してはいけない。
もちろん、生活して毎日を生きるために、受け入れる妥協もある。だけどね、それで、納得してると思わないでほしい。
同罪なのかもしれないけどね、毎日の生活のために妥協していたら。
それを、戒めながら、生かされているうちに、よい世の中にしていきたいと思うの。

| - | 16:55 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

何様のつもり?

おめえは、専門家なのかよ?
と、つっこみを入れてしまうことしばしば…
専門家のような研究者のあつまる中で働いてるので、余計に、世の中にはびこる「正しいこと言うあてくしたち」みたいなクズ意見大嫌いなんですけど。

虫唾が走るわ。


本当なら、きちんと決断したり、判断したり、自分の行動の結果と責任を取れる人が、意見を言うことが許されるんだと私は思っている。

だけど、いまは、「誰でも専門家(笑)」だからね。ひと目見た情報を、本当かどうか、調べるのに時間がかかる。だけど調べないで、鵜呑みにすると、バカになるのは自分自身ですから、それはしておいたほうがよいと考えてます。

「誰でも専門家」というのは、映画が発明された時点から、指摘されていたことで、複製品が大量に出回れるようになって、安易に大勢の人が目にすることができる場合、「誰でも専門家」のように語ることができる。という意味なのだけど、それは、いい面もあるけど、正直、今までは、よくない面ばかり感じてしまって、「誰でも専門家(笑)」扱いに、私の頭の中でなってしまっている。

「誰でも専門家」で、その数の多さに、その声の大きさに、ほんとうの専門家がいなくなってしまって、「みんながアマチュア」になって、だれも決断できなくなった。


まあ、ある意味、公平になったのかな。

だけど、そっちに合わせてどうすんの。
失敗しちゃった啓蒙思想の反動かなんかを何世紀もかけて、してるんですか。
低い方に合わせてどうすんの。


無力感を感じる。
前はそれに怒りを覚えていた。
どうしたら、良くしていけるのか、現実的な方法を模索した。
でも考えすぎて、感じすぎて、疲れてしまった。それ以来、切り捨てた。
軽蔑していた「私の青空」的な、「いわく、家庭の幸福は諸悪の根源」的な、それの規模縮小版として、自分の精神と生活の平安に努めて生きるようになった。それを、選択したんだから、たとえば、その結果、自分だったら考えない、しない対応をする国や、もっと大きなものに巻き込まれて、意図しない方向にひきづられて、迎えるこの惨劇も、静かに引き受けなければならないのかもしれないですね。

と、思えず、怒りがなくならない最近の一か月。
| - | 21:51 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

新型コロナウイルス(テドロス肺炎)

うーん。
新型コロナウイルスへの対応が、とにかく変ですよね。

日本政府の対応も変だし、WHOの対応も変だった。

一般の人が考えてもわかるようなことを、わざと失敗してるようにしか思えない判断の連続で、ちょっとおかしいと、みんなが気付くような対応しかしてない。

指示されて、現地で対応にあたってるひとりひとりには、本当に感謝しかないし、その人たちに、この疑念をぶつけるのは間違っているので、やめてほしい。

だけど、とにかく、今回の件は「変」としか言いようのない、事件だと感じています。

報道で流される情報も変だし…。
「正しく怖がる」って、変な日本語じゃない?

絶対今の状況みて、みんな感じてるでしょ「やっぱり!」って。

なんで、春節前に大っぴらになったのに、その時点で国際的に緊急事態宣言しないで、日本も中国全土からの入国禁止にしなかったのか、普通の感覚の人なら考えると思うんだけど…。

あそこで、その判断しなかった時点で、いまの状況は想像されたと思う。
なら、いまの状況になった際の対応も考えられてたかっていうと、そうでもなかったっていうのを、ごまかしてるとしか思えない発言ばかりを政府や報道から垂れ流しにされてる。

政府組織も社会組織も問題を抱えたまま何年も過ごしてしまって、脆弱になってたのが露見しちゃった感じがするよね。

国民よりバカな政治家の存在意義よ…

| - | 18:17 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

長い長い人生のゴール自分で決めてさ

昔から人のことをどこか観察してしまう癖があって、近しい人だとしても、同じようにしてしまうので、家族だとしても、どこか他人のように分析して、見てしまうところがある。


だから、いつも「親しき中にも礼儀あり」って当たり前やろ!と思っていた。
それができてない人みると、なんでなんだろって思ってしまって、人なんて自分以外他人なんだから、その他人に自分のことを理解してもらいたいときとか、やり方とか、生き方を認めさせるには、それなりの準備が必要だし、相手に合わせた解説をしないといけないと思ってた。

だから、極力、「別にこの人にはわかってもらわなくてもいいや」ていう人にはそんな手間はかけなかったし、大部分がそういう人だった。


だから、あんまり「わかってほしい」っていうのをもってない。


好きなものとか嫌いなものとか、そういうパーソナルな部分を人と共有したいっていう感覚が、他の人より薄いんだなって気づいたのは大学生の時だった。
卒論で「共有」についても考えて書いたから、気づいただけで、そうでなかったら、今も、気づいてなかったかも。


たぶん、だからSNSにも興味ないんだろう。いいねボタンとか、意味わかないもん。理解できない。あれ、押す気持ちも、押してもらいたい気持ちも、全然わからんけど、別の人にとっては面白いと感じるものなのかな。


「他人を分析する」っていう書き方をすると、なんかやな感じだけど、要は「理解しよう」としてるんだと今は思ってる。
他人の理解できない行動を、自分の中で「こうだからああなんだ」の答えをだしたいんでしょう。
それがあってるかどうかは、わからないんだけどね。

失礼すぎるから、本人に答え合わせなんてできないし。
前は言ってたこともあるけど、感謝されるか逆ギレされるかだったような気がする。

大体、図星のときに自分の恥ずかしい部分の指摘だったりすると逆ギレするじゃん。
それがめんどくさいし、相手にも悪いかと思うようになってから、言うのやめた。


結局、わたしもひとりよがりな分析を、しているだけなのですが。
これ、してる人はしてるし、してない人はほんとにしてない。

見てるとなんとなくわかる。

で、その分析をして、私が「理解したい」と思って考えたくせに、そこから導き出した結論に自分でも、反吐が出る時があって、「はーん、なるほどね、こういうことかな?え、こんなんって、やばくない?こんな考え(行動)のやつ、嫌いなんだが…。うーん、今後の付き合い考えよ」となることがあります。


| - | 23:35 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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