なんかちがう

「勝手にふるえてろ」を見たー!(数日前)
年明けてから、かなりの頻度で映画を映画館に見に行っている!

「勝手にふるえてろ」は、原作が好きで、何度か読み返してます。綿矢りささんの小説はわりと好きなものが多くて、文庫本、単行本持ってます。
話題になった頃の「インストール」とか「蹴りたい背中」は実は読んでないのだけど…笑

雑誌「文藝」に掲載されてた「憤死」がすごい面白くて、それから、よく読むようになりました。

で、要は原作を先に読んでると、得てして映像化される時、「コレジャナイ感」にさいなまれるのですが、それでも、今回「勝手にふるえてろ」を観にいったのは、松岡茉優さん主演だったから!
鞘師りほりほから松岡茉優さんを知ったのだけど、鞘師りほりほ関連で話題になる松岡さんがおもしろすぎて、語り方が「わかる!わかる!」て感じな方だったので、その方が綿矢りささんの「勝手にふるえてろ」のヨシカ役やるっていうのは、見てみたいなーと思ったのでした!

結果!!

おもしろいけど、なんかちがう!

以上!!

まあ、原作ありきのものは、先に原作を知っている場合、こうなるのは目に見えていたのだけど、「私の思い描いていた「勝手にふるえてろ」ではない」という意味での「なんかちがう」です。

とくに最後に松岡さんが「勝手にふるえてろ」と呟くところで「えー」となったわたくし。


それに、「イチ」はもっと白くて、髪が真っ黒で、サラサラで、線が細くて、神経質な人のイメージ。本郷奏多くんみたいな。(あくまでイメージ)

「ニ」はもっと暑苦しい感じ。ラグビー部だった人みたいな感じで、筋肉質で、「がはは!」て感じの人。こちら、思い浮かぶ芸能人の方がおりません。

ちなみにヨシカは、松岡茉優さんで、違和感ありませんでしたが(ちょとかわいすぎるけども)、できれば、絶滅動物のくだりは、「絶滅危惧種をこよなく愛して、アンモナイト化石を購入してしまう」まではなければよかった。原作にその描写があるのか忘れてしまってるけど、できればそんな化石購入するほど「マジ」な人ではなくて、夜な夜なウィキみてたら、はまって語るくらいの薄っぺらい感じがヨシカっぽい!と思っていたのになー。なーんて。(原作どおりでしたら、わたしが完全にリードミス)

ただし、原作と別と思えば、おもしろいし、ただの恋愛映画じゃなくて、ヨシカっていう人の臆病さとか、弱さとか、逆の強さとかそういうのを、映像としてみせるのはうまいなーと感じました。
予告編で見たとき、歌を歌うのはどうなのよ…と思ったけど、結構映画を見ている流れでは、違和感なく受け入れられたかも。

なんか、「勝手にふるえてろ」って、中身、「恋愛」としてみてもおもしろいけど、現実と自分の中のものとの折り合いのつけ方というか、そういうものを小説の中で全体を通して見させられてる感じがして、そこがほんとに好きだった。

私は実は、まだ、現実だけには向き合えなくて、この歳にして、ふわふわ地に足つけず生活している。
数年前に言っていたけど、「根無し草でいいんです、わたし」という気持ちが消えません…笑

みんな、ちゃんと、意外に現実と折り合いをつけられてるよね。尊敬する。(嘘)


なんか、人の話を聞いていても、テレビ見てても、カフェで他人の話盗み聞きしてても、「なんかちがう」という気持ちが抜けなくて。
雑誌読んでも、「なんかちがう」し、
最近の政治の流れも「なんかちがう」し、
ネット読んでても「なんかちがうー!」となったりするし、
私が歳をとったんでしょうか?
それとも、私がおかしいの?多数派にならないと楽しくないこともあるよ。

それとも、意外にみんなも「なんかちがう」と感じてるのかしら?

どんどん「ほんとうの」から離れていってる気分。
抽象的な言葉にしか表せなくて、たぶん、まだ形になっていないのかもね。

そんなわたくしの今年の目標
親知らずを、残らず抜歯する。
| - | 14:37 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

そんなふうにふざけた愛ならいらない

ひとりで、できなきゃいけないって、そもそもの前提で思っていた。

いつ頃からそう思うようになったのか、わからないけど、物心ついた時から、そうしていたような気がする。

自分がしたいようにするには、自分でできる必要があるから。

そうしていたんだと思う。

そうしなくても、誰かが自分のしたいように「してくれる」なんて考えなかった。


でも、そうして存在してる人もたくさんいるんだね。なんでこの歳まで気づかなかったんだろう。

「人を変えるより、自分が変わる方が楽」って社会人になってから、仕事の時に言われたりしたけど、そんなの、前から知ってるがなと心で思ってた(もちろん、口には全く出してないですが)。
なんていうか、仕事上のことじゃなくて、人として生活する上で、そうだと思ったから、割と早々に「わかりあおう」とするのをやめたし、その代わり他人を自分の思い通りに変えようとも思わないし、自分のことをわかってほしいとも思わなくしたし、適度な距離をこちらから盛大にとって、だけど、それを感じさせない努力もした。



そうして、自分のしたいことは、自分でできるようにして来たつもりだ。

でも、いまは、それが必要なことだったのか、疑問だ。

私は、別に今の状態で困ってないし、何も思わないけど。

こういう風に、自立しなくても、守られて生きる人や、共依存して存在してる人もちゃんといるし、そういう人の方が、「人」として、正常みたいな描写を見かけるし、別に、なんでも、できるようにがんばる必要なんて、なかったのかも、と感じたりもするの。

まあ、「自由」のためには、必要なことですけどね。そして私は自由が好きだけども。


親知らずを抜いたった。まだ手始めの一本…ちょっと様子を見ながら、残り3本の抜歯を計画していかねば。。。
まだ痛みはないけど、今後が怖いわぁー(´・ω・`)
| - | 20:51 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

毎日を誰かのせいにしてませんか?

夏休みが、ほんの数日になっても、普通な気持ち(それどころか、お休みもらえるなんていい職場だ…と思えるよう)になっていて、わたしはすっかり、社会に飼いならされた人間になったかもなーと社会人7年目にして思うのですが。

でも、まだ、7年か。

定年まで、このくらい貯めるには、1年にどのくらい貯金しなければならないのか…を、冷静に考えるこの頃。
結構大変なんですけど。

退職金とか年金とかあてにならないものを、無視すると、まじで大変なんですけど。

あてにならないのに、毎月のお給料からきちんと引かれていて、ドブに投げ捨てている気分なんですけど。

でも、ストレスを被って、身体を壊すのはいやだし。そんなのバカみたいだし。
だけど

誰かのせいにするのは嫌だし。
自分の人生の責任なんて、自分にしかとれないのに。

人を責めたりしたくないし。

いま存在してることが、誰かのおかげであることはあっても、「誰かのせいで」不幸な存在ですなんていうふりをする奴にはなりたくないし。

「企業」のせいなの?
「政治」のせいなの?
「国」のせいなの?
「学校」のせいなの?
「上司」のせいなの?
「社会」のせいなの?
「親」のせいなの?

まず、疑うべきは、自分じゃないの?

それらに囲まれて存在している自分じゃないの?

全ての選択を、自分でできるわけじゃない。
運命なんてないけど、でも、自分で全てを決められるほど、人生は自由ではない。
だけど、ある一定の部分は、都度都度で、最終決定を自分でしているし、決めたら最後でジェットコースターみたいに進んでしまうわけではなくて、少しづつ微調整をかけられるのに、選択したらすぐ結論だけみたいな、「買い物」みたいな感覚で、終わるわけではないのに、適当に因果関係を探して、なにかを責めれば「自分は」許されると考えるその思考は、安易でとても愚かしい。

そんな人間になるのは、嫌なの。

完全な大人になるには、もうちょっとでしょ?
| - | 17:06 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

君がしたかったんだろ?

辞めてない。
仕事辞めてない。
7年目に突入した。
仕事10年続けるって大変なんですね。
この先なんどもある異動で、適応障害起こさない自信ない。笑
でも、精神疾患って、あんまり好きじゃないから、病院にはいかない。と決めている。
ほんと、長い産休も育休も精神的な病休もとらずに働き続けるみなさまには、敬服します。

だけどどうしても「心死んで、生きる男は…」の詩が頭にかすめるのだけどね。

じゃあ、心の死んでない状態とは?
なんでしょうかね。

最近ほんとに思うんだけど、本当に心の自由な人って少ない気がするんだよね。
なんだかんだ「持論」を述べる人も、結局、安全な「昔からの」話をなぞってるだけだったりするし、個性派のように見せてる人も、すごく保守的な人生観持ってたりするし。それが悪いといってるのではなくて、だから、ほんとに心の自由な人って少なよなって話です。


智くんの「忍びの国」を見たんだけど、前知識とかあらすじも知らずに見にいったので、ほんとーにおもしろくて、大好きに思いまして。二回観たいくらい。(まだ観てないけど)

その後映画サイトのレビューみたんだけど、意外にも、伊賀の国の人たちに共感できないとか、あの人たちのことをよく思ってない人がいて、それをネットに書き込んでいて、驚愕した。


私はむしろ、伊賀の国の下忍の人の行動に感動していて、それも改心する前の無門の行動に感心した。こういう人が好きだなって思った。

誰のせいにもしてないし、自分の力で生きていて、自分の感覚や考えを持っている。

伝統とか名誉とか、見栄とか、そういうものから自由なところで生きていて。いいなぁと思った。

伝統とか、家とか、そういうものに縛られて、死んでった、あのお兄さん(名前は忘れました)より、ずっと、「生き物」らしいと思った。少なくとも、誰かのせいにして、怒ったりしないもの。

「人間らしい」というのは、とても厄介で、怖いものだと思う。
本能や感情や正義を持ち出して語る人は、全員うさんくさい。

だいたい、そういう人は自分の「欲」を叶えたいだけだ。


自分がどうしたら幸せなのかを、もっとじっくり、きちんと考える時間がみんなにあればいいのにね。


そして、それを卑怯ではない方法で、しながら生きられたらいいのにね。
誰かに見せるためだけの、なぞったような生き方なんて、虚しくないのかな。
わからないけど。
もちろん、そういうルートが幸せな人も存在するけど。
私のことをかわいそうと、不憫と思う人もいるんだろうけどさ。
(現に伊賀の国の下忍を蔑む人がいるように)


でも、1番やっかいなのは、「忍びの国」でも、揶揄してたけど、そうと知らずに、そうだと認識せずに、なりふり構わず、生きる人たちなんだけどね。
「我さえ良ければよし」という欲を、あの本能や感情や正義の衣で隠して、幸せを着て、装って、人を傷つける人たちなんだけどね。


わかってないから、そんなふうに語って、見せて生きていけるんだろうけど。
本当に幸せな人は少ないって、最近とてもよく思う。



法律は、守るためにあるんじゃない。法律に従うために生きてるんじゃない。人の話が、すべて自分に当てはまるなんて思わない。

決められた法律はなぜあるのかいつも考えていたい。
運命なんてないと思ってる。
でも、
全部自分で決定していけるとも思ってない。

いろんなものに、押し流されて、生きながらえるので、その中で、わずかに、自分に選択肢のあるものは、きちんと、選びたいの。

おわかり?(おかわり?)
| - | 12:32 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

本当に大切なものは目には見えない

見えないし、誰も示してくれない。
モデルケースなんて見せてくれないし、本当に大切だから、教えてもくれない。
どんなところへ行っても、どんなことをしても、満たされないことがある。だけど、ほんの少しのことで、満たされることもある。

お風呂から出た瞬間、生きててよかったーてくらい、さっぱりするしね!

本当は、だんだん、わかってきてる。
自分の心をしあわせにする方法。
どこにいて、なにをして、なにになるかではなくて、自分自身が「どうありたいか」だけが、いつも私の心に影響している。

理性や知識が、判断することもあれば、感情や経験が私を動かすこともある。
でも、結局、「自分自身はどうありたいの?」ということだけが、いつも、大事。

毎日の中に、もっとも大切なものがあること。手品みたいな、魔法みたいな、チェンジはないこと。「ひとりひとりが」の本当の意味。

優しくて、強い人になりたい。
カチカチじゃなくて、やわらかい強い人に。
| - | 18:38 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

飲み込まれてたまるか

あいも変わらずですが、クソみたいな毎日を過ごしております。

よくなる扁桃炎になって、高熱を出すも、1日で回復しました。インフルエンザかと思ったけど、違いました。高熱さがったから、次の日職場に行ったら、「とかいってインフルだったりして〜」と同年代っぽいおばさん2人に言われました。
あなたがたの家族と一緒にしないでください。と喉元まで出かけたけど、のどが腫れてたから、でませんでした。


「いつまでも、子供じゃいられないしね」

「大人にならなきゃね」

それは、物分かり良く、「黙る」ということなのかな?

あるいは、

自分の立場や利益だけを声高に叫ぶことなのかな?

なんだろう、ずーっとある、ムズムズする感じ。自分の利益ばかり求めて声を荒げるおばさんとか、ホームレスを見ないふりできるようになることとか、「そうじゃない」って思ったことを、規模や場所の違う場所と、急に比較して、みえなくしちゃうことだったりだとか、なんか、そういうものへの、憤りというか、疑問視というか、そういうもの。

感じてた。
まだ、感じてる。
だけど、疲れてくると、それを「もう、いいや。別に」と思わないと、毎日をやり過ごせなくなって、そんなこと気にしないで、自分の場所だけ確保して、守ってやり過ごす方法を考え出すけど、でも、それって、結局、ホームレスを見ないふりできるのと一緒。

物分かりいいふりができるようになるだけ。
物分かりがいいんじゃなくて、「何も知らない」だけなのに。


一見、反する立場にあるように見える「自己中心的に喚くうるさいやつ」と「黙してやり過ごす人」どっちにも同じような嫌悪感や憤りを感じるのは、たぶん、同じ理由からだ。

どんな人がいたって、気にしないで、黙って自分のすることだけして、お金もらって生きていければそれでいいんだって言われても、納得できなかった。それは、きっと、同じ場所にいることになるからだ。


疑問や憤りを感じることすら忘れて、へらへら笑うようになんてなりたくない。これ見よがしに人を傷つけて笑いたくなんてない。

ほんとはいるはずの、「優しい人たち」がいなくなるのが、悲しい。

それを「大人」とか「しょうがない」とか言いたくない。


お金がものじゃなくて、「信用」だってこと、もっとちゃんと早いうちに知れればよかった。
「価値」について、これからも、ちゃんと考えていくべきだって思った。

よくある言葉だけど、もっとも価値があるのは、常に「今」だけだね。

いま、
いま、
いま


「いま、ここ、」の問題。
| - | 21:39 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

生きる資格がないなんて、憧れてた生き方

クソめんどくさいな。
なんか最近、全部めんどくさい。気分転換にしてみたところで、あとあと虚しくなるだけで、毎回めんどくささが増殖するだけだ。

もっと、楽しみにしてる人がすればいい。
移り変わってくことだけが、正解と思ってる人に、共感なんかしないよ。くだらない。

経験論でものを語る人も、つまんなくて話聞く気になれないんですけど。「右からね、左へスルーだな。」



改革おばけなんてクソ喰らえ。少しくらい現状把握してから、計画的に考えろ。魔法なんか起きないんだからさ。打ち出の小槌なんかないんだよ。そんなの子供の方が知ってるよ。どんどん減ってく子供のほうが。まともな人がほとんど子供産んでないの見ると、余計に怖くなるけどね。



勝ち逃げできると思うなよ。

稼ぐとお金払わなきゃいけないから、最小限しか稼がないことにした。

消費も最小限にした。

休みの日はほとんど出かけない。



レンガを乾かしていた男の子に謝りたい。

それでも、実現できたらいいな。
絶望を、知った上での朗らかな気持ちをもってね、いま「在る」ことを、受け入れて生きたい。

不安と、吐き気は、ゴミ箱に捨てよう。
対峙したら、目をしっかり見開いて、だけど、相手に催眠術をかけよう。
閉じ込められないように、定期的に外に出よう。

手を差し伸べる相手を、選ぼう。

ばからしい。

努力なんてしないほうがいいよ。
目標なんてたてんな。
認められようとすんな。
誰かに資格を認められなくたって構わないんだよ。

優しくするなら、まず自分に優しくしなさい。

それから、真正面から反旗をひるがえすのはやめなさい。

| - | 18:15 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

未来があるから奪っただけ

今年もあとわずか。
果たして何をどうやって年をとっていって、年月が過ぎているのか、いまいちわからなくなってきた。

歳を重ねるのって難しい。

それなりに楽しいことをして過ごしているし、これ以上したいことも、なりたいこともない。しいていうなら、仕事辞めたいくらい。転職したいっていうか、働くの辞めたい。

「こういう日があるから、また仕事がんばろう」みたいに思える人、偉いと思うし、羨ましい。


社会の仕組みとか、お金の仕組みとか、考えると、時々絶望する。
絶望というか、なんか、どうでもよくなる。
目の前のことを頑張る気すら起きないし、どうでもいいから、適当に過ぎればいいと思って毎日すごしてしまったりする。

でも、そんな歳の取り方してたら、結局、生きてるのバカらしくなるし、そこらへんの、「なりたくない人」になってしまうんじゃないかと怖い。


それは嫌だからさ。


「夢」みたいに思わないで、自分がどうやって生きて生きたいのか、どういう世界を望むのか、その理由はなんなのか、考えていたいの。絶望を知っても、静かに、微笑むことができる人になりたい。
「考えすぎはよくないって」よく言われるけど、それでいい。

そうやって生きて行くんだと思うから。
それならまだ、自分を生かしてもいいかと思うから。

絶望に引きずり込む人たちに、ものたちに、自分の人生を、考え方を渡してしまいたくないのよ。

| - | 21:20 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

ゴールもない 甘くもない 期待もない このままじゃ

1年ぶりの札幌に参加してました〜(^ω^)

実は今年は一度全滅し、「行けないんかい!」と落ち込み、「なにがhappy?」じゃ!ハッピーじゃないわい!とふてくされた後、なんと相方さんが復活し!!!そして、しかも、神席!!!という復活劇だったのです!!!

こんなことってあるんだね!と、なんと言ったことでしょう(*^^*)


ほんっとーに神席で、5年ぶりとかのアリーナで、しかもセンステ劇近、トロッコ通路脇すぐそこ!



こんな景色久しぶりすぎて、席に向かう時、足がガクガクしてしまった…笑

ダンスも、お顔もどこにいてもみれて、ほんっとうに幸せだったー( ; ; )
翔くんと目があったに違いない!
大野さんにファンサもらったに違いない!
にのを間近で見れたに違いない!(←そうね、近いからこっち見てくれなかったのもよくわかりました…笑)

センステのダンスとか、どれも超カッコよくて、「かっこいい〜?」ばっかりいってた。こんなの、ほんっとーに久しぶりだなー!

しかも、相方さんの大人っぷりで、スマートに疲れず移動ができて、ほんっとーに大満足な札幌ツアーだった!



のもつかの間、じつはもうずっと、すっごい鬱々とした日々を過ごしていて、たぶん、これ、心療内科とか行ったら間違いなく休職になるんじゃないか?と最近思います。

4月から異動で、仕事場も業務も変わったんだけど、業務量がどうとかより、職場の雰囲気の悪さと、三ヶ所まわって、いまの職場の体制とか、マネジメント力の無さとかに嫌気が高まって、絶望してしまって、こんなにやる気でないの初めて!ってくらい、やる気もでないし、だんだんと、前なら簡単にできてたかもしれないことも、時間がかかるようになってしまって、小さなミスもいっぱいになってくるし、なにより、職場の自分の席に座ってる間、ずっと具合が悪い。


午前中は本当にひどくて、朝は気持ち悪いのと頭痛がひどいし、お昼近くなって持ち直しても、頭痛がずーっと続いてます。

仕事が原因だから、たぶん辞めてしまえば治るんだけど、それがわかってるのに、心療内科行って、飲みたくない薬もらうのやだしなーってわけで、行く気もないのだけど、最近ほんとにやばいんじゃないかと思う…。


もう、なんか、ほんとどーでもよくなってきた。

ブチギレてやろうかな〜(●´ω`●)うふふ

ずーっと愚痴か、人の悪口ばっかり言ってるおばさんが近くに何人もいて、心が蝕まれるんだもん…(´・ω・`)

なんで、おばさんって、自分のこと棚に上げて、話せるんだろう…(´・ω・`)


さらに、いまの職場は、どこに異動しても、若手に仕事が押し付けられるし、定時内で終わらせようと頑張れば頑張るほど、仕事を増やされます。

誰でもできる雑用や自分が得意なところばかりやって忙しそうにしてる年上ばかりで、職責に見合った指示出しをしたりしないくせに、「みんな働かない」だの、「自分ばっかり忙しい!」といって、すこしでも自分の仕事を減らそうとするおばさんのなんと多いことか!!
結果、淡々と黙々と言われた仕事をきちんとこなす人にばかりに仕事が集中してるのを見ると、「あーこんなところで、将来にわたって働いていたくないな」って思ってしまうのよね。


最近、サイレントテロのこととか、チャイルドスポンサーの仕組みがどうなのかとか、世界はほんとに格差があってしょうがないのかとか、ほんとは「できる」のに「しない」ことがいったいいくらあるんだろうとか、考えてしまうの。

いろいろどうでもよくなる。
自分の無力さとか
生きてくためには、自分もそのレベルに落ちて、「自分さえよければいい」にどっぷりつかるしかないのか

わからないことだらけで、いろいろどうでもよくなる。

| - | 21:20 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

別に元気じゃない それが平常で不満もない

死んだ魚の眼


そうはなりたくないって、思っていたっけ。大学生のころ。でも、あのときの死んだ魚の眼の彼は、きっと、働くことを一生懸命していたのかもね。

目に生の力はみられなかったけど、声だけが、明るい声で、バイトの内容を説明してくれて、きちんと、働いていたんだろうね。

元気なんだろうか、あの死んだ魚の眼の彼は。
もう、死んだ魚の眼じゃないのかな。


わたしが、就活するとき考えたことは、
・自分が1人で生きていくだけのお金を得られること

・朝起きて夜寝ること

それだけだった。
でも、それだけで続けられるわけない。
数年無理することはできても、ずっと何十年も自分を偽って、我慢させて、無理を続けることなんて、できないんだよ。身体も心も自分が思うよりずっと素直で、わたしの無理矢理な考えを遂行できないようになる。

この先何年間生きるのかわからないけど、今日1日ですら、どうやって生きていたいのか考えることもできなくなって、ただ、過ごして、したくもないことを、考えないようにしながら、こき使われて、言われた通りにこなして、「疲れた」っていって、生きながらえていくの、考えたら、ぞっとした。


「こんな人間になりたくないな」って人ばかりに囲まれている時間が長くて、そういう人たちの話す内容を聞きたくもないのに聞かされて、混ざりたくないけど、話しかけられたら、曖昧にへらへらして、すませること。

そんな次元の毎日が、継続して、そんな次元にしか、身を寄せられないのかと思うと、またぞっとしてしまう。


だけど、そうだね、そうやって生きていきたい人もいるのよ。どっちがいいとか、悪いとかじゃなくて、そういうのもあるってだけ。

自分がどうするかは、自分で決められるはずだよ。


| - | 22:15 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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