君のギラつく本性晒せ

なにのこととは言わないが、みんな、包んで話さないで、自分の本当のところを話せばいいじゃん。


自分勝手に思われたくないからって、包んで話すから、余計にイラつくんだよ。

本当は、自分の欲のためだってこと、分かってない人なんているわけない。
人がすることなんて大概のことは、欲でなりたってる。

それを、ちゃんと言葉と態度でさらけ出すこともできないくせに、利益だけ欲しいなんて厚かましいにも程がある。

「自分が良く思われないとしても」という覚悟のない奴のことなんて、信用できないし、胡散臭い。


そして、そういう欲っていうのは、自分の現状や、実際の現実、目の前のことを受け入れて、良い面を見て生きていくということができない時に起こってくるもので、その欲が、努力の原動力になって、欲を叶えることができることもあれば、「受け入れて良い面を見るということ」が生きていく上で、どれほど大事なことなのか、身に染みることもある。

だけど人類は本当に傲慢になったね。
すべて思い通りなんていかないんだって、どうしてわからない人たちが一定数いるのか。


せめて、自分の発言くらい、覚悟をもちな。
| - | 21:12 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

余計なことばかり起きて見える世界

生きにくい世の中になったよ。

自由がどんどんなくなるね。

自分で選択したと思うその行動も、何かの擦り込みでしてるのかもしれないけれど、それでも、自分で考えて、選択して行動できるほうが、ずっと自分自身にとって、生きやすい世界だ。

誰かの価値観や、誰かの監視の目に怯えて生きるなんて、そんな窮屈なこと、誰が望むの?


寛容さを失った集団なんて、無意味で恐ろしい。


カリスマ的なリーダーなんて、どこにもいないんだよ。
だから、みんなで、話し合って決める必要があるんだよ。
話し合うことを可能にするのは、寛容さだよ。

そして、わたしたちが「リーダー」と思えるのは、その話し合いの結果をみて、声を聞きながら、責任を知って決断する人や組織のことだったのでしょう。

忘れてしまったのか、
それとも
もとから知らないのか。


なんて窮屈な世の中になったのでしょう。

寛容さをもつためには、いろんなものに余裕がないと無理なのに、余裕を「無駄」と切り捨てる価値観の経済思想のもとでは、こうなるのが、当たり前の結果だったのか。


そう思いたくない。まだ、そうならないでいられる道を思い描いていたい。
散歩中に小鳥や猫を見かけると、微笑むことのできる自分でいたい。好きなものを忘れないで、誰かに寛容さを忘れないでいたいよ…。
| - | 20:18 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

自信がないことを 誰かのせいにして

「わたしがこんなになったのは、毒親のせい」

とか、
「わたしがこんなになったのは、環境のせい」

とか

めっちゃ主張する人ってたぶん、どんなところに生まれても、そういう人間になってたんだろうなって思うようになった。

だいたい、そんな主張できる時点で、「お察し」だし、あんまり関わりたくないかな。なんか、そういう人とうかつに話すと、今度は何かを私のせいにされそうで、まじでやだ笑


本当に大変な環境っていうか、虐待とかさ、誰から見ても「被害」というのは、そもそも、人としてダメだし、罰するべきと思うけど、だいたいそういう本当に大変な場合って隠したがるか、それを「大変」と気づけない状態にあって、でも頑張っていて、だから、なんていうか誰かのせいにするような卑屈な感じで主張してないと思うんだよね。

その本人から話を聞いていて、「え、それ大変だったね、えらいね」って言うことあるけど、本人は結構もう話してる時点であっけらかんとしていて、「でもそれが普通だったから」って言うし、周囲の人や環境に感謝してたりする。
ちゃんと自己を確立させたんだろうね。
自己を確立っていうと確固たる強さみたいに見えるけど、これはそんなものではなくて、毎日の生活のなかで、少しずつ自分が頑張って強くなることで身についていくものだと思っていて、買い物みたいに誰かに満たしてもらうものじゃないんだと、大人になって思うようになったよね。
それをたぶん知らないんじゃないかな。

私は弱いの!
だから守って!
あなたたちは強いんだから!
って言われてるみたいで、自分の不遇を主張して、自己肯定するなんて、やっぱ歪んでるよ。


| - | 23:48 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

わかるのやめたい

第六感っていうのか、

それとも、みんな気づかないフリが超うまいのか知らないけど

わたしもやめたい、「わかる」のやめたいと思う時がある。

なんで気づいちゃったんだろう、わからなきゃよかった、って思うことがある。

普段は、本当のことが知りたいから、考えてわかって理解したいと思ってだから、そのように行動しているはずなんだけど、でも、あぁ、こんなことなら、わからなきゃよかった、気づかなきゃよかった、この人はきっと私が気付いてないと思ってるんだ、だから、傷ついてないと思ってる。
でも、わかってしまう、だから傷ついた。傷ついてる。

でも、それをこの人はわかってない、幸せそうだ…悪いから気づかないフリしてあげなくちゃって、何度そういう態度をとったんだろう。

今はもう、気付きたくないから、わかりたくないと、人と存分な距離をとってしまう。
| - | 00:16 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

内面はどれくらい磨いたの?

ほんの思いつきで発言し、それに群がって主張をし、それだけで社会活動した気になってるようなTwitterの雰囲気や、そういう人たちが大嫌いです。



5日に1回だけ買い物に行きます。

友達にはもうずっと会ってません。(オンラインでのみ話してます)

コロナのせいで経済的に困窮した大学生の支援のために現金を寄付しました。

家にあったもので、手縫いで布マスク作って、不織布マスクは他の人の手にいくように購入控えました。



文句だけたれて被害者面するよりずっとまし。


声に出さない本当に困ってる人のもとに、いろんなものが届きますように。
祈って止みません。


クソのまま生きる人たちもいるけど、それでも、「一個の人」の思いやりを信じてるよ。

「信じて」っていう人のことは、信じてないし、わたしはほとんどのものを信じてません。「信じてないじゃん」って人から責められた時、「信じるって何を?」と真顔で答えました。
あなたの何を信じろっていうの?信じてほしいなら、それなりの行動をしてから言ったら?そして、そういう行動や姿勢がある人のことは、ちゃんと信じてます。その、行動や姿勢や言葉のひとつひとつを信じてるよ。

そうじゃないから、信じてないだけ。

人に言う前に、自分自身を見直して、磨いたほうがよい時間を過ごせます。
| - | 20:45 | comments(5) | trackbacks(0) | pookmark |

思い出が汚されてく

好きじゃなくなったからなのか、わかりませんが、嵐のReborn曲が全部嫌いなんですけど…。
うすら寒いんです。

大好きで楽しくて大切にして何回も何回も聞いて、そのたびにできた思い出が、全部汚されてくような感覚を覚えます。
なんでなの?
どうしてなの?

わかんないことなんて、世の中にはたくさんある。理解できないことも、理解できない人も理解できない思考方法もあるのはわかってる。もうこんな年齢だもの。よくわかってる。

でも、どんなに避けても、わざわざぶつかってくる虫みたいな。
虫にとっても、私にとっても、利益のない瞬間が、なんでこう、人生のスパイス並みにちりばめられてるんでしょうね。

好きの反対は「無関心」だよね。とよく人に言われましたが、それはそうだろうと、何を当たり前のことを言うのかと、思ってた。
だって、世の中には、好きかどうでもいいかしか、ほぼないじゃん。

わざわざ「嫌い!嫌い!」と言う機会なんてないやんけ。と思ってた。

でもね、どんなにこっちが距離をとってやっても、どんなに避けてやろうと思っても、ぶつかってくる虫もいるんだよ、世の中には。理解し難いけど。(というか理解できんけど)
もう、そしたらね、周囲を巻き込んでね、「嫌い!嫌い!こいつ嫌い!」と主張して、周囲の人にも手伝ってもらって遠ざけるしかないわけです。


そういうものもあるんだって、この年齢になるまで気づかなかったんだから、幸せなことです。まる!
| - | 21:45 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

お前がどけ

組織がクソと言いすぎている感がありますが、今日も、組織がクソだという話をします。


いつだって、組織というのはクソです。

国なんていうのも、あるようにみえる便宜上のものなのだけど、それが暴走すれば、ただのクソです。

大勢の人が日々を生活していくのに、使い勝手よく、妥協しあえる点において、存続できる国という制度。
それを、権力と勘違いする輩が、いつの時代にもいましたね。
いくら大勢あつめて、味方と思い込んで、固めたつもりの組織でも、組織である限り、大勢の「一個の人」の信念や自由の前においては、なんの力もないの。

GWに「キャプテンアメリカ、シビルウォー」を(また)見たんだけど、本当にこれだよなって、思った。
前から好きではあったけど、本当に今まさに、これをみて欲しい。

わたしは、この映画を見てキャプテンアメリカ派になったんだけど、どうしても、協定を受け入れる派にはなれなくて、それはキャプテンが最初の方で言っている、「責任を転嫁することにしかならない」とか、「組織は変化する」ってことに他ならなくて、だったら「自分たちで判断した方がよい」というところが、とても共感します。

協定とか法律とかいうのは、大勢の人にとって、利益があるからするもので、合意の上で作られたものなのだけど、今回の「新しい生活様式」って、その合意がなくて、どこかから、持ってこられた仕方なしの命令みたいで嫌なんだよね。
言いたいこともやりたいこともわかるけど、「なんで、どうして、そんなことを言われなきゃならないの?」というところまで指定されて、生活しなきゃいけないなんて、どう考えてもおかしい。

ひとりひとりの判断が「ばか」で出来なかったから、こうなっただけならまだしも、政府とかWHOとかの組織の判断、対応ミスが大きな原因なのに、それを、このレベルまで落として、命令して押し付けてくるだけの権力を、他人に渡していいわけない。

自分の思考や行動に責任を持てるのなんて自分自身だけなのに、どうして生活にまで口出しする権利を差し出すことができるの?わたしには出来ない。

もちろん、自粛は続けます。必要な買い物も、5日に一回くらいにして、人に会わない散歩以外、外に出ないで暮らしています。
それは、わたしがテドロス肺炎を引き起こすウイルスの終息を願っているから。わたしにできるだけの行動として、そうしたいからするんであって、命令された生活様式をするわけじゃない。

間違った方向に向いて欲しくない。
誰にも、誰かの人生や生活や思考や行動を支配する権力なんかないし、それを他人に渡してはいけない。




ウィンターソルジャーではゾロが言ってた「いまや世界中の人々が安全のためならば、自ら自由を差し出す」

キャプテンアメリカの言う「自由の代償はいつだって大きい、でも、それだけの価値がある」を思い出して。
| - | 13:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

きみのことを信じてる

組織なんていつだってクソだ。

私は、組織の力を信じてない。
だから労働者だけど、労働組合を、信じてない。

人が集まるとろくなことがない。
集まっていうことやすることは、いつだって、責任回避しかない。


だけどね、「一個の人」のことは信じてる。ひとりひとりのことは信じてる。1人の人間の思考や感情や、そこから生まれる思いやりが存在することは、信じてる(全員にあるとは言ってない)

だから、ひとりひとりが実行して、ひとりひとりが思いやりをもってした行為の結果、それが集団の行為の結果になって、その結果が、良い方向に向いていく時があることを知っている。そして、それはとても素晴らしいことだ。

それは、組織の力じゃない。
「一個の人」の
たくさんの、無数の「一個の人」の思いやりと力と強さで実現するもの。


これまで、社会とか、世の中とか、そういうものは、きっと、この無数の「一個の人」たちの行動の結果で、よりよい方向に向くことができていたのだと思う。

だけど、だんだん実態をもたない「組織」が幅をきかせて、みんな「組織」があると思い込んでる。
「お金に価値がある」と思い込んでるのと一緒で長い時間をかけて、ないものを、あると思い込むようになって、「一個の人」がバカになった。
無数のバカになってしまった。
悲しいことだ。

(もののけ姫思い出すな…)


他人がやってくれると思ってる人ばっかり。無数の「一個の人」の思いやりを、まだ信じていたいのに…。


中国という国には、世界と自国民ひとりひとりに謝ってほしい。
一度でいいから、謝罪したほうがいい。
なんでそうなのか、わからないなら、ちょっとどうかしてる。

中国人に対してそう思ってるんじゃない。

中国という国の「組織」として発言した人たちに、謝って欲しい。世界中と自国民に誠意を持って、1人のひとに返って考えて、謝罪の言葉を紡いで欲しい。
| - | 18:55 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

周りに流されない信念を持っちゃいけない?こうなったら突き通すわ

WHOという組織がクソになってしまったのは、まあ、もうしょうがないとして
中国という国が人命を軽んじているのも歴史からみても明白だとして

そして、「これまでにない」「かつてない規模の」醜態を晒すことになった日本政府(もとい総理一家)ですが、過去ずっと、組織なんてものは、クソだったのだと思うけどな。

だけどさ、だけどもですよ、テドロスさんも、習近平さんも、安倍晋三さんもね、ひとりの人間として、感じることはひとつもないんですかね。なーんにも思わないんですかね。
世界がこんなことになっても、なーんにも思わないのかな?



別にみんな自分のことしか考えて生きてない。

都合よく人のことを思ってるように振る舞っているけど、大抵の人は自分のことしか考えてない。

だいたい、自分自身のことすらまともに理解できてない上に、自分の性質すら人のせいや環境のせいにしてるような人は、何を考えてるのか意味わからないし、正直関わりたくない。


自分自身になんの罪も、落ち度もない人だけが、他人を糾弾することができる。それ以外はだまってろ、クソが。

落ち度のない聖人なんて1人もいないわ。
10万円給付だって、「もらえるものなら欲しい」っていう人の欲望はわかるけど、それを準備する人たち個人個人のこと考えてしまうと私はどうしても、納得できない。作成した予算案(ひとつの国のだよ?ちいさな会社とは違う規模だよ?)を組み直さなくちゃいけないし、膨大な時間かかるよ。ない袖はふれないのに、ふらなくちゃいけない。言うは易しのお偉方(もとい裸の王様)の言うことを、自分自身は納得してなくても、仕事だから実現しなくちゃならない。
人との接触を減らして、感染の危険を減らさなくちゃいけないなかで、その給付が決まれば、給付作業をしなければならない人も膨大にでてくる。全国の公務員がみんな通常でさえギリギリの人数でまわしてる仕事を抱えつつ、増えた膨大な作業を、前例のないなか、手探りでやらさらることになる。自分自身は納得してない制度だったとしても、制度だから、やらなくちゃいけない。文句も言わずに。

医療を支える人たちだって、みんなそう。忙しすぎて、文句も批判もできないかもしれない。こんな状況で対応してくれてる人にこそ、給付すべきじゃないの?



「そういう仕事についたんだから仕方ない」とかいう人は、じゃあ自粛要請で収入なくなっても、文句言うなってわけですよ。

なんなの?なんでみんなお金がほしいの?

休業補償もいいかげん、うるさいけど、たぶん「休業補償」の言葉の定義が人によって違うみたいですね。

諸外国は雇用主に雇用してる人たちの賃金の何割かを補償してるのであって、事業自体に対する補償なんてしてないわ。散々報道されてるけど、賃金の補償だから、言えば「給与補償」なんでしょ。だから日本では雇用調整助成金なんでしょ。
それを、「事業の休業に対する補償」って理解して発言してる人が多すぎる。
事業にたいするまるまる補償って、無理でしょ。家賃とかそういう固定費がかかるって言いたいんだろうけど、だから家賃支払い保留とか、ローンの返済の猶予とかが大事になってくるんであって。
止まってる事業に対して、例年通りのお金の補償するってどう考えてもおかしいだろ。

有事の時にどさくさに紛れて、悪いことを平気でする人たちがいる。
気をつけましょう。
| - | 12:20 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

もう遅いよ

正直、みんな我が身かわいさなだけの生き方をしているんだから、感染拡大防止は難しいと思います。

春節の中国人をとめなかったことも、経済活動を優先したことも、自粛のための補償を求めることも、急なマスクやトイレットペーパーの買い溜めも、休校困ると言ったり、再開は怖いといったり…全部自分の思い通りになんてならないことを、忘れちゃったんですかね〜。人類は本当に傲慢になりましたね。でも器が小さくなりました。
バブルから続く、社会システムが脆弱になっている時に生じたから、世界的にこんなことになったのでしょう。

どれだけの価値なのよ?



給付いいな〜
さよなら、私の納めた税金…
| - | 13:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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