モノや形にできない姿で

全てのことは変わっていくから、執着するのをやめた。

願っても、思い通りにいかないことばかりなのが世の中だから、期待するのをやめた。

そのかわり、私も、自分の望みをなるべく優先するようになって、向かい合った一個の人に対しても、自分の気持ちを優先して、言葉を吐くようになった。

それでも、まだ全然言わないであげている。本当なら、もっとたくさん言葉が溢れている。人を傷つける言葉が。

時々、嫌悪と怒りで、その人そのものを全て否定するあらゆる言葉と、惨めで恥ずかしい気持ちになるように貶める言葉を次々と吐いてしまいたくなる。
でも、言わない。
言ってない。

悪いかと思って。
一時の感情で、言ってしまったら、悪いかと思って。
コテンパンにすることができても、自分にとって後味悪くなることもあるからサ。それでは自分にとってもよくないしね。


でも、時々自分でも怖くなるくらいの言葉が頭の中に溢れる。きっかけさえあれば、言ってしまいそうで怖くなる。してしまえば、簡単だから。


期待しなければ、なにも悲しくないし、落胆もしない。そのかわり、喜びも嬉しさも生まれないと気づくのに、10年以上かかってしまったね。
| - | 22:12 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

資本主義死ね

保育園落ちた、日本死ね
が、取り沙汰された時、わたしは、正直、思うところたくさんあっても、なにも言わないことにした。
そのくらい、しょうもない言葉に思えたから。それを取り出して報道すること自体にも、しょうもなさを感じていたから。

だけど、今思うと、矛先間違ってんなって思った。

「日本死ね」は明らかに間違っていて、どちらかと言うと、「資本主義死ね」ではないかと思っていて、それを判断できないこと自体が、本当に残念な出来事です。
本人だけでなく、それを報道した人たちも、それを受けて、言葉を発信した人たちも、どうか、矛先を間違えないでほしいと思うのです。


というのも、わたしは、最近、本当に、本当に、この世の中はどうかしてしまっているなぁと感じていて、デモが起こる国を羨ましく思いつつも、デモが起きないくらい、やる気も削がれてしまっている現状もわかっているのだけど、でも、なにがおかしいのかを、やっぱり考えて、変えられることは、変えていかないと、誰も幸せになんてならないと思っていて。


もちろん、世の中や社会の仕組みっていうのは、革命みたいに、ころんとすぐに変えられるわけではなくて、じわじわと何年もかけて、変えていかないと、たぶん、本当の意味で変わることはできないと思うのだけど、資本主義を止めるには、世界の人々が一斉にやめないと意味がないのですよ。

人々の意識から、変えて、やめていかないと、資本主義からは抜け出せない。

みんな薄々感じてるのに、変えようもないし、変わらないと思うから、現状の仕組みの中で、折り合いをつけてるつもりだろうけど、その中で、楽して得してるのは誰だって話。


なんで、そんな奴らを支えるために一生働くの?



国も変ですよ。 人が1人死んだの。なのに、平気な顔でいられる人たちを憎らしく思う。

限界にきてるよ。


今の世の中が続けばいいなんて、思ってない。

許したりしてはいけないんだ。
忘れてはいけないんだ。
考え方が染み付いてるの?
大丈夫。抜け出せる。
誰もみたことのない世界のほうが、きっと希望を感じることができる。


でも、わかってる。
かわることなんてほとんど不可能。

退職をして好きなことをして生きようと煽る人も、結局は、結婚したりなどして、自分以外の収入で生活している。あるいは、昔の自分と同じような悩みを持った人たちから、その人たちが働いて得た収入を少しずつ搾取して生活している。

本当にそれでいいんですかね。

私にはわからない。
考えるなと言われるけれど、考えてしまう。
そして、そのことを話しても、わかってもらえることはない。

さみしくはないけど、虚しさだけが、年々積み重なり、忘れることはできないまま、生活を続けることの難しさを思う。

みんな、自分だけは大丈夫と思ってるのかな。
年金もらえると思ってるやつ、まだいるんだね。わたしはドブに捨ててるのと同じ感覚。
| - | 19:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

不安を拭うことを一生できない恋ならあたしは大きな声であなたにさよならを言おう

aikoのライブに、友人誘われていくようになって、もう何度も足を運ぶようになった。

aikoって、私の世代はみんな中学〜高校〜大学とずっと聞いてきていて、知らない曲がほとんどないので、すごく楽しいというのもあるけど、なにより、aikoのライブって、なんていうか、すごくあたたかい、懐の深い感じがして、終わった後、「あー楽しかった!」と一緒に、心の中にじーんとあたたかいものが残るのです。

それは、aiko自身がすごく人を楽しませるライブをしていて、しゃべりも上手くて、優しくて…というのがもちろんあって、さらに、そこにきているaikoファンのみなさんも、すごくあたたかいからなのだと、行くたびに思う。

ライブ会場全体が、すごくあたたかい空気感に包まれているように感じる。

すごいなーっていつも本当におもっています。そして、私はとても元気をもらうのです。

毎回、aikoは、毎日の生活の中にある、辛さやしんどさを心配してくれ、そういうものを、ライブで全部受け止めようとしてくれている。そういう、嫌なもの、不安は全部ここに置いていって!と言ってくれ、そして、そういう不安や辛さはaiko自身にもあると共感してくれて、その上で、ライブ会場で楽しんで、楽曲で癒されて、元気をもらって、また会える日まで、一緒にがんばろう!というエールをくれるのです。


本当にすごくステキなアーティストさんだと、思います。
そのライブにいつも誘ってくれる友人にも、本当に感謝しています。


年末年始〜1月まで、本当におかしくなっていて、自分が自分でない感覚で埋め尽くされて、すごく辛かったけど、だからこそ、学べたことがあったと、今はやっと、思うことができている。

だから、そのときに感じた、大切な人たちや、大切な物事を、私もこころから大切にしたい。

そのために、今の環境を変えること。むしろ、整えること。

遠慮しないで、しようと思う。

さよならは、簡単じゃないけど、惰性で続けて辛くなったら意味がない。
大切にするのは、正義や常識じゃない。
そういうことを、学べたように思う。

| - | 18:47 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

そういうんじゃない

ここ数ヶ月、すごくずっと考え通しで、落ち込んだり、大丈夫と思ったり、上がり下りが激しい。


何を、したかったのか、最近本当によく考える。

子供の頃の息苦しさを、大人になっても続けてるなんてどうかしてる。

もっと、楽になると思ってた。

社会に出て思ったのは、「小学校に戻ったみたい。」だった。
社会っていうのは、おかしな人間だらけだ。
おかしなことを、大きな声ではっきり言える人に、圧倒されて、怖いと思った。でも、言ってることはめちゃくちゃだし、クソだ。数年たって、そう思ったら、誰に対しても、本当の意味で謝ることはなくなった。

なのに、平気で謝るようになった。
適当に、その場をやり過ごすために。

受け入れたくない状況にも、目をつぶって、やり過ごした。

やり過ごしてばかりいたら、そのうち、無理が溜まっていって、いまはもう、したいことが、なんなのか、わからなくなった。


私ではない「誰かの」望みを叶えるために、なぜ、こんなに疲労困憊なの?

こんなの、絶対におかしい。

こんな生活で、100年人生とか言われて、総活躍とかいわれても、しんどいだけなんですけど?

バカじゃないの?

はっきりいって、バカくさい。
最近の傾向はすべてバカくさい。
本気で言ってんの?それ?って思うものばっかり。


子供なんか産むかよ。

今の自分の生活が、いいものだとは思えないのに、生き物を産み落として、週5で学校に行かせて、決まった時間に決まった場所に行って、ものごとを行うことを身につけさせて、お金というツールを、価値と思わせて、なければならないものと思わせて、頑張って勉強した先に待っているのは、週5残業ありの毎日したくもない仕事をして1ヶ月過ごせるだけのお金をもらって、食いつなぐ生活。

これを、なぜ、大切なものにさせると思うんだろう。


「何のために生きるのか」
レヴィナスは「来たるべき他者のため」と言った。

本来は、そうだったんでしょうね。
でも、いまは、そういうんじゃない。

遠くを見ずに近くだけ見て、生きればよいのだけど、近くの景色にはもう、うんざりなの。
| - | 00:35 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

君と出逢ったこと、離れても忘れない

どんなに、体験者の声を聞いても、どんなに、丁寧にしたためられた文章を読んでも、

どんなに忠実に再現された映像を見ても、

誰かが記録した動画を見ても、

たぶん、本当にそこにいて、そこで過ごして、そこでいろんなものと関係を結んでいなければ、わからないことがほとんどだと思う。


わたし、SNSが嫌いで、連絡手段としてのLINE以外何もしてないのだけど、もともとは「嫌い」とまでは思ってなくて、めんどくさいからしてないだけだったんだけど、最近の、なんでも、誰でも好き放題に短い言葉や映像で物事を発信するのがどうしても、気に入らないのです。


ただ、面白おかしく仲間内や趣味の範囲で遊んでる分にはなんとも思わないけど、さも、自分たちが「正義」のように、強い口調で物事を、語り、人を強く糾弾する人にはがっかりします。

対面でも、言える言葉を使っているのか疑問です。

お互いに監視しあって、好きなことも言えなくなったら、その面白さも半減ではないのかと思うのに、どうして、どこにでも、そういう自分からみた物事や考え方を、正しいと疑わず、自分がいいと思った他人の言説を自分の主張のようにして、発信して、「正義」と思い込んで、取り締まろうとする奴が、出てくるのでしょうね。


社会システムや規則なんて作れば作るほど、窮屈になるだけで、悪用する人だって出てくるのに。

ほとんどの人が、「なんとなく」でも、ゆるやかに、守ってこられた、自由な状態を、一部の悪意のある人たちによって、窮屈にされていくのを、見ていて、悲しくなるし、がっかりします。



法律はいつかなくなるのが理想と言っていたのは誰だっけ?
わたしもそう思っていた。

人が何百年もかけて、昔の人たちが、私たちが理想とする精神を自分たちのものとして、落とし込んでいけること。

いつの時代も、若者と古い人たちの考え方にはズレかできていて、でも、それがいいことで、少しづつ変わっていくこと。

そうしたら、いつか、法律や規則や、それを取り締まるものたちもなくても、みんなで生きられる世界がくればいいと思ってた。何百年先だったとしても。


でも、たぶん、そうはならない。
社会は群れだったから。

群れだとして、野生の状態で生き残る生物は、いつでも、ずる賢くて、卑怯で、自分の取り分を取れて、やさしさなんて持ってない個体だ。

だから、きっと、そういう人たちが、生き残っていく。
そういう人たちが子孫を残して、「ヒト」という、生物を残していくんだ。「本能」とやらで。

それでいい。

でも、わたしは、自分が生きている限り、そうではない人たちと関わり合って生きて生きたいと思う。そうではない人たちを大切にしたいと思う。

「人間性に失望してはいけない」

それはとても難しいね。
| - | 13:30 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

わたしの好きなあなた

今年に入ってから、マーベルに怒涛にハマりまして!


正確に言うとマーベル映画なので、MCUなんだけど。
そうです、ミーハーです。


キャプテンアメリカが大好きで、グッズも買い集めています??

Dlife のマーベル特集でまんまとハマってしまって、しっかりインフィニティウォーを見て、これまでの過去作品もほとんど見終えそうです!

好きなものがあるって幸せ!

元気をもらえるもの!

キャプテンアメリカの、精神が好き。
俳優さんがカッコいいというのもきっとあるだろうけど…笑

でも、やっぱり、精神が好きだなぁ。
架空の存在だけど、「キャプテンアメリカ」という存在がいて、よかったなぁって、本当に思う。

キャプテンアメリカが発する精神が存在するのが、嬉しい気持ち。

というのも、私、最近今まで好きだったものたちに、まるで関心なくなってきていて、「わくわくする!」みたいなの、少ないんだよね。

でも、そんな大人になるのつまらないしさ。

キャプテンアメリカを好きになって気づいたことがあって、私は誰かや何かを好きになる時、私がその人や物に抱いている「そうあること」というか、精神性というか、そういうものに、惹かれているだけのような気がする。
その人そのものっていうよりは、私が抱いているその「何か」に惹かれるだけだから、私が勝手にそれに飽きたり、なんか違うなと思ったら、興味が失せるんですよね。


それが、数年おきにやってくるので、結局、何も好きじゃないのかもなーなんて最近考えてしまうのです。


わたしの、好きな「あなた」が消えれば、わたしのなからからあなたは消える。


| - | 22:28 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

あなたの夢が叶うなんていつなの?

人の存在は、社会的というけれど、最近「群れ」だろ、と思う。


最近の政策のネーミングセンス、頭の作りを疑うレベル。気持ち悪い。


どうにかしてもらおうなんて、もう、思ってない。

誰にも、何にも期待してない。

年金?あぁ、人にあげるために毎回給料から引かれてるあれでしょ?わかってますよ。




期待なんてしてなかった。
何年も前にやめていた。
誰に対しても、何に対しても。



でも、知らない間に期待していたんだね。
幸福なことだ。
そんな状態でいれたなんて。


何にも期待しないよ。
自分の存在や自分の欲しいものや自分のいきたい先に対して、責任を負うのはいつも自分だ。


自分らしくありたいなら、辛くても、きつくても、自分でしていくしかない。

ずっと前からそう思って生きてきた。

だから、人にしてもらってきたくせに、文句を言う人間が嫌いだった。

自分の存在の確立すら、自分でできないくせに、それを揺らがせられたからって喚く人間が嫌いだった。


だから、私はそれにはならない。

たとえ、そうする方法が、冷たくて、悲しいものに思われたとしても。
今はそれを選ぶ。
自分のために。



人に優しくするには、自分が余裕を持ってないとできないと思う。

優しくない人間が多いのはなんででしょうね?笑

私利私欲の塊が多いのは何故でしょうね。

うわっつらしかない感じなのは何故でしょうね?


そろそろ本質をみれば?
| - | 23:34 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

あたしはあなたじゃないから

自分に起こってることなのに、まるで現実感がない。最近ずっとそうだ。
なんか、全然別な人のことみたい。
変なの


だけど、いつも、自分に問いかけてる。
どうしたいのか
どうしていきたいのか
自分がどうありたいのか


だから、あんまり、後悔はしてない。

現状に対する悲しみや不安はあっても、過去に対する後悔は抱いたことがあまりない。

それって、幸せなことかもしれないね。

大切な人が言うことは、なるべくなら、理解したい。感情だって共感してあげたい。

だけど、どんなに大切な人だって、「自分」ではない他人だから、その人の立場からみたら、「そう」なんだとしても、どうしたって、理解できなかったり、感じることなんて不可能なこともある。

大切な人であればあるほど、そのことが悲しくてたまらない気持ちになる。

それを伝えたって、「なんでわかってくれないの」と責められるなら、もう、その人から離れるしかないかもと、思ったりするんだ。

その方が、お互いに幸せになれる。

だって、私はきっと、どんなに言葉を尽くしても、あなたにはなれないし、どんな風に表現されたって、理解して共感してあげることができない気がする。そのことについては。


これを「冷たい」と言わない人に、会えるといいのに。

| - | 22:24 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

またこの次なんてあるわけないじゃん

コンタクトレンズの価格が値上がりするんですって。
しかも結構な値段…
コンタクトレンズって、本当にさ、開発してくれた人に足を向けて寝られないくらい、私の人生を助けてくれて、明るくしてくれたんだよね。

メガネをかけなければならないとわかったとき、ひとりで幾夜泣いたことか!!(大真面目です)

オシャレ気取りの伊達眼鏡とかぶざけとるやんけ!と思うくらい、私はメガネが嫌でした。(メガネ、ごめんね)

だから、コンタクトレンズには本当に感謝してるんですよ。
生活必需品だから、値上がりはイタイけど、買わないわけにはいかないのですよ。

大切なものは、つねに大事にしないといけないのですよねぇ。
いなくなってから気づいたって遅いんですよ。わかりますか?笑

わたし、イベントの時だけ声高に言う人大嫌いなんだよね。

毎日のなかにあるものが、わたしにとっては真実で、すべてで、ある時だけぽーんと言ったりしたりされても、何にも感じない。


人に期待しすぎると、自分が疲れるだけだ。人に期待してないから、人に対して優しくできるだけで、正直、「その人自身」になにも、期待してないのだと思う。

「好き」って弱点だよね。

他人に自分の人生の舵を、握られてる現状なんて、どう考えたって異常だ。

受け身でいられるドM体質じゃないんで、やっぱ選択間違ったなと数年思っている。

生きてきて30年だとしても、そのほとんどが親の庇護下にいたのだから、まだサバイバルできてるのなんて、ほんの少し。
向こう10年のことはなんとか自分で考えて、行かなくちゃ。仕事の場所を変えるべきかなぁ。引っ越し40歳とかでしたくないわ!

大切にしてくれない人と関わり続けるなんて時間と労力の無駄だよ?
| - | 21:55 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

恋すればきっと楽になるよなんて なんとなく意味はわかる

ふと思うことがあるんですけど

女の子で、そこそこの進学校行けて、ちゃんとしたら大学いって、就活がんばる必要って、ほんとにあんのかなー。
中学生のときから、思ってたんだけど、勉強がんばったら、それなりに成果が出るから、人並みにがんばったし、受験も推薦とかじゃなくて、普通に受験して合格目指したし、就活も、リーマンショックの影響と民主党が政権になって仕分けされた影響と、震災の影響をモロに受けた代だけど、なんとか就職して、辞めたいこと何度もあったけど、体調崩したりしながらも、長期間休んだりすることなく、人に仕事押し付けることなくやってきたけど、これ、ほんとにこれが、いいことなんだろうか?


同じような環境で、同じように頑張ってる子ももちろんいるけど、

同じような環境だったけど、仕事さっさと辞める人も結構な人数でいたし

勉強なんか別にできなくても、結婚して、相手の人に稼いでもらって生きてく人だって、普通にいるわけで、


ていうか、なんなら、そのほうが多いのでは?と思ったり。



出張でいろんなところに行ったし、貯めたお金でいろんなところに旅行もしたけど、別に、仕事や自分で稼いだお金ではなく、稼いでもらったお金で旅行に行ける人たちだって、いるわけですよね。

なんか、なにが正しいのかわかんなくなってくる


もちろん、自分で稼いだお金なら、自分の自由になるってわかるけど、そうではなくても、幸せを感じることはきっとほかに何通りもあるし、現にそれがたくさん存在するわけでして。

自立は大事っていうけど、「人はひとりじゃ生きてけない」って説教たれる人もいるわけでして。

一人暮らしだから、自由もあるけど、そのかわり何かあった時は自分でどうにかするしかないわけで、そのために予防とか、どういう行動するかも備えてあるわけだけど、それをしなくてもいい人もやっぱり存在するわけです。


高校生のころまで、「高級なところ」と思っていた百貨店にいったとき、今なら自分のお金で好きなもの買えるんだよなぁと思って、年末に行ってみたのですが、なんかその時エスカレーターでふと、「あ、ここは、自分で稼いだお金で買ってる人より、稼いでもらったお金で幸せに暮らしてる人がお買い物する場所だ」って、感じたことがあって、少し愕然とした。

もちろん、「稼いでもらった」っていう言い方に、異論もある人いっぱいいるだろうし、その稼ぐのをサポートしてくれる立場があるから、稼ぐことに専念できる人もいるのもわかってる。

一人暮らしより、そのほうが効率がよく見えたりもする(隣の芝生は青いのかもしれないけどね)。


いちばん嫌なのは、そういう思考が自分のなかでも、ふとした時にこんな風に居座ってること。

そういう感情が知らないうちに、入ってること。

わたし、働くの嫌いだけど、自分の生活のために続けてます。
誰かがそれを代わってくれたらいいなって思うけど、自分がこんなに嫌いな「働く」ってことを、その「誰か」になすりつけるみたいなことをするのが、どうしても嫌で。

それなのに、前述したような思考回路や感情も植え付けられていて、矛盾!と思う。

(「働く」ことが好きな人と、きちんと分業してる人もいることもわかってますよ。これはあくまでも、わたしの中の感情の話です。現実には多種多様な形態があるんでしょう。)

年度末年度始めの無理やりな仕事の仕方がたたって、疲労がたまっていたようで、扁桃腺が腫れて、高熱がでて、倒れました(笑)
動けなくなる前にクリニックと買い物行って、安静にして、この週末治り、予定通り美容院へ行った帰り、タリーズでミルキーフラット飲みながら考えたのでした!!笑


タリーズのミルキーフラット、すっごい久しぶりにわたしの中でヒット商品!
すごく好みの味ー?
でも、ちょっと高いよね!笑
| - | 16:45 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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