あなたの夢が叶うなんていつなの?

人の存在は、社会的というけれど、最近「群れ」だろ、と思う。


最近の政策のネーミングセンス、頭の作りを疑うレベル。気持ち悪い。


どうにかしてもらおうなんて、もう、思ってない。

誰にも、何にも期待してない。

年金?あぁ、人にあげるために毎回給料から引かれてるあれでしょ?わかってますよ。




期待なんてしてなかった。
何年も前にやめていた。
誰に対しても、何に対しても。



でも、知らない間に期待していたんだね。
幸福なことだ。
そんな状態でいれたなんて。


何にも期待しないよ。
自分の存在や自分の欲しいものや自分のいきたい先に対して、責任を負うのはいつも自分だ。


自分らしくありたいなら、辛くても、きつくても、自分でしていくしかない。

ずっと前からそう思って生きてきた。

だから、人にしてもらってきたくせに、文句を言う人間が嫌いだった。

自分の存在の確立すら、自分でできないくせに、それを揺らがせられたからって喚く人間が嫌いだった。


だから、私はそれにはならない。

たとえ、そうする方法が、冷たくて、悲しいものに思われたとしても。
今はそれを選ぶ。
自分のために。



人に優しくするには、自分が余裕を持ってないとできないと思う。

優しくない人間が多いのはなんででしょうね?笑

私利私欲の塊が多いのは何故でしょうね。

うわっつらしかない感じなのは何故でしょうね?


そろそろ本質をみれば?
| - | 23:34 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

あたしはあなたじゃないから

自分に起こってることなのに、まるで現実感がない。最近ずっとそうだ。
なんか、全然別な人のことみたい。
変なの


だけど、いつも、自分に問いかけてる。
どうしたいのか
どうしていきたいのか
自分がどうありたいのか


だから、あんまり、後悔はしてない。

現状に対する悲しみや不安はあっても、過去に対する後悔は抱いたことがあまりない。

それって、幸せなことかもしれないね。

大切な人が言うことは、なるべくなら、理解したい。感情だって共感してあげたい。

だけど、どんなに大切な人だって、「自分」ではない他人だから、その人の立場からみたら、「そう」なんだとしても、どうしたって、理解できなかったり、感じることなんて不可能なこともある。

大切な人であればあるほど、そのことが悲しくてたまらない気持ちになる。

それを伝えたって、「なんでわかってくれないの」と責められるなら、もう、その人から離れるしかないかもと、思ったりするんだ。

その方が、お互いに幸せになれる。

だって、私はきっと、どんなに言葉を尽くしても、あなたにはなれないし、どんな風に表現されたって、理解して共感してあげることができない気がする。そのことについては。


これを「冷たい」と言わない人に、会えるといいのに。

| - | 22:24 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

またこの次なんてあるわけないじゃん

コンタクトレンズの価格が値上がりするんですって。
しかも結構な値段…
コンタクトレンズって、本当にさ、開発してくれた人に足を向けて寝られないくらい、私の人生を助けてくれて、明るくしてくれたんだよね。

メガネをかけなければならないとわかったとき、ひとりで幾夜泣いたことか!!(大真面目です)

オシャレ気取りの伊達眼鏡とかぶざけとるやんけ!と思うくらい、私はメガネが嫌でした。(メガネ、ごめんね)

だから、コンタクトレンズには本当に感謝してるんですよ。
生活必需品だから、値上がりはイタイけど、買わないわけにはいかないのですよ。

大切なものは、つねに大事にしないといけないのですよねぇ。
いなくなってから気づいたって遅いんですよ。わかりますか?笑

わたし、イベントの時だけ声高に言う人大嫌いなんだよね。

毎日のなかにあるものが、わたしにとっては真実で、すべてで、ある時だけぽーんと言ったりしたりされても、何にも感じない。


人に期待しすぎると、自分が疲れるだけだ。人に期待してないから、人に対して優しくできるだけで、正直、「その人自身」になにも、期待してないのだと思う。

「好き」って弱点だよね。

他人に自分の人生の舵を、握られてる現状なんて、どう考えたって異常だ。

受け身でいられるドM体質じゃないんで、やっぱ選択間違ったなと数年思っている。

生きてきて30年だとしても、そのほとんどが親の庇護下にいたのだから、まだサバイバルできてるのなんて、ほんの少し。
向こう10年のことはなんとか自分で考えて、行かなくちゃ。仕事の場所を変えるべきかなぁ。引っ越し40歳とかでしたくないわ!

大切にしてくれない人と関わり続けるなんて時間と労力の無駄だよ?
| - | 21:55 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

恋すればきっと楽になるよなんて なんとなく意味はわかる

ふと思うことがあるんですけど

女の子で、そこそこの進学校行けて、ちゃんとしたら大学いって、就活がんばる必要って、ほんとにあんのかなー。
中学生のときから、思ってたんだけど、勉強がんばったら、それなりに成果が出るから、人並みにがんばったし、受験も推薦とかじゃなくて、普通に受験して合格目指したし、就活も、リーマンショックの影響と民主党が政権になって仕分けされた影響と、震災の影響をモロに受けた代だけど、なんとか就職して、辞めたいこと何度もあったけど、体調崩したりしながらも、長期間休んだりすることなく、人に仕事押し付けることなくやってきたけど、これ、ほんとにこれが、いいことなんだろうか?


同じような環境で、同じように頑張ってる子ももちろんいるけど、

同じような環境だったけど、仕事さっさと辞める人も結構な人数でいたし

勉強なんか別にできなくても、結婚して、相手の人に稼いでもらって生きてく人だって、普通にいるわけで、


ていうか、なんなら、そのほうが多いのでは?と思ったり。



出張でいろんなところに行ったし、貯めたお金でいろんなところに旅行もしたけど、別に、仕事や自分で稼いだお金ではなく、稼いでもらったお金で旅行に行ける人たちだって、いるわけですよね。

なんか、なにが正しいのかわかんなくなってくる


もちろん、自分で稼いだお金なら、自分の自由になるってわかるけど、そうではなくても、幸せを感じることはきっとほかに何通りもあるし、現にそれがたくさん存在するわけでして。

自立は大事っていうけど、「人はひとりじゃ生きてけない」って説教たれる人もいるわけでして。

一人暮らしだから、自由もあるけど、そのかわり何かあった時は自分でどうにかするしかないわけで、そのために予防とか、どういう行動するかも備えてあるわけだけど、それをしなくてもいい人もやっぱり存在するわけです。


高校生のころまで、「高級なところ」と思っていた百貨店にいったとき、今なら自分のお金で好きなもの買えるんだよなぁと思って、年末に行ってみたのですが、なんかその時エスカレーターでふと、「あ、ここは、自分で稼いだお金で買ってる人より、稼いでもらったお金で幸せに暮らしてる人がお買い物する場所だ」って、感じたことがあって、少し愕然とした。

もちろん、「稼いでもらった」っていう言い方に、異論もある人いっぱいいるだろうし、その稼ぐのをサポートしてくれる立場があるから、稼ぐことに専念できる人もいるのもわかってる。

一人暮らしより、そのほうが効率がよく見えたりもする(隣の芝生は青いのかもしれないけどね)。


いちばん嫌なのは、そういう思考が自分のなかでも、ふとした時にこんな風に居座ってること。

そういう感情が知らないうちに、入ってること。

わたし、働くの嫌いだけど、自分の生活のために続けてます。
誰かがそれを代わってくれたらいいなって思うけど、自分がこんなに嫌いな「働く」ってことを、その「誰か」になすりつけるみたいなことをするのが、どうしても嫌で。

それなのに、前述したような思考回路や感情も植え付けられていて、矛盾!と思う。

(「働く」ことが好きな人と、きちんと分業してる人もいることもわかってますよ。これはあくまでも、わたしの中の感情の話です。現実には多種多様な形態があるんでしょう。)

年度末年度始めの無理やりな仕事の仕方がたたって、疲労がたまっていたようで、扁桃腺が腫れて、高熱がでて、倒れました(笑)
動けなくなる前にクリニックと買い物行って、安静にして、この週末治り、予定通り美容院へ行った帰り、タリーズでミルキーフラット飲みながら考えたのでした!!笑


タリーズのミルキーフラット、すっごい久しぶりにわたしの中でヒット商品!
すごく好みの味ー?
でも、ちょっと高いよね!笑
| - | 16:45 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

なんかちがう

「勝手にふるえてろ」を見たー!(数日前)
年明けてから、かなりの頻度で映画を映画館に見に行っている!

「勝手にふるえてろ」は、原作が好きで、何度か読み返してます。綿矢りささんの小説はわりと好きなものが多くて、文庫本、単行本持ってます。
話題になった頃の「インストール」とか「蹴りたい背中」は実は読んでないのだけど…笑

雑誌「文藝」に掲載されてた「憤死」がすごい面白くて、それから、よく読むようになりました。

で、要は原作を先に読んでると、得てして映像化される時、「コレジャナイ感」にさいなまれるのですが、それでも、今回「勝手にふるえてろ」を観にいったのは、松岡茉優さん主演だったから!
鞘師りほりほから松岡茉優さんを知ったのだけど、鞘師りほりほ関連で話題になる松岡さんがおもしろすぎて、語り方が「わかる!わかる!」て感じな方だったので、その方が綿矢りささんの「勝手にふるえてろ」のヨシカ役やるっていうのは、見てみたいなーと思ったのでした!

結果!!

おもしろいけど、なんかちがう!

以上!!

まあ、原作ありきのものは、先に原作を知っている場合、こうなるのは目に見えていたのだけど、「私の思い描いていた「勝手にふるえてろ」ではない」という意味での「なんかちがう」です。

とくに最後に松岡さんが「勝手にふるえてろ」と呟くところで「えー」となったわたくし。


それに、「イチ」はもっと白くて、髪が真っ黒で、サラサラで、線が細くて、神経質な人のイメージ。本郷奏多くんみたいな。(あくまでイメージ)

「ニ」はもっと暑苦しい感じ。ラグビー部だった人みたいな感じで、筋肉質で、「がはは!」て感じの人。こちら、思い浮かぶ芸能人の方がおりません。

ちなみにヨシカは、松岡茉優さんで、違和感ありませんでしたが(ちょとかわいすぎるけども)、できれば、絶滅動物のくだりは、「絶滅危惧種をこよなく愛して、アンモナイト化石を購入してしまう」まではなければよかった。原作にその描写があるのか忘れてしまってるけど、できればそんな化石購入するほど「マジ」な人ではなくて、夜な夜なウィキみてたら、はまって語るくらいの薄っぺらい感じがヨシカっぽい!と思っていたのになー。なーんて。(原作どおりでしたら、わたしが完全にリードミス)

ただし、原作と別と思えば、おもしろいし、ただの恋愛映画じゃなくて、ヨシカっていう人の臆病さとか、弱さとか、逆の強さとかそういうのを、映像としてみせるのはうまいなーと感じました。
予告編で見たとき、歌を歌うのはどうなのよ…と思ったけど、結構映画を見ている流れでは、違和感なく受け入れられたかも。

なんか、「勝手にふるえてろ」って、中身、「恋愛」としてみてもおもしろいけど、現実と自分の中のものとの折り合いのつけ方というか、そういうものを小説の中で全体を通して見させられてる感じがして、そこがほんとに好きだった。

私は実は、まだ、現実だけには向き合えなくて、この歳にして、ふわふわ地に足つけず生活している。
数年前に言っていたけど、「根無し草でいいんです、わたし」という気持ちが消えません…笑

みんな、ちゃんと、意外に現実と折り合いをつけられてるよね。尊敬する。(嘘)


なんか、人の話を聞いていても、テレビ見てても、カフェで他人の話盗み聞きしてても、「なんかちがう」という気持ちが抜けなくて。
雑誌読んでも、「なんかちがう」し、
最近の政治の流れも「なんかちがう」し、
ネット読んでても「なんかちがうー!」となったりするし、
私が歳をとったんでしょうか?
それとも、私がおかしいの?多数派にならないと楽しくないこともあるよ。

それとも、意外にみんなも「なんかちがう」と感じてるのかしら?

どんどん「ほんとうの」から離れていってる気分。
抽象的な言葉にしか表せなくて、たぶん、まだ形になっていないのかもね。

そんなわたくしの今年の目標
親知らずを、残らず抜歯する。
| - | 14:37 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

そんなふうにふざけた愛ならいらない

ひとりで、できなきゃいけないって、そもそもの前提で思っていた。

いつ頃からそう思うようになったのか、わからないけど、物心ついた時から、そうしていたような気がする。

自分がしたいようにするには、自分でできる必要があるから。

そうしていたんだと思う。

そうしなくても、誰かが自分のしたいように「してくれる」なんて考えなかった。


でも、そうして存在してる人もたくさんいるんだね。なんでこの歳まで気づかなかったんだろう。

「人を変えるより、自分が変わる方が楽」って社会人になってから、仕事の時に言われたりしたけど、そんなの、前から知ってるがなと心で思ってた(もちろん、口には全く出してないですが)。
なんていうか、仕事上のことじゃなくて、人として生活する上で、そうだと思ったから、割と早々に「わかりあおう」とするのをやめたし、その代わり他人を自分の思い通りに変えようとも思わないし、自分のことをわかってほしいとも思わなくしたし、適度な距離をこちらから盛大にとって、だけど、それを感じさせない努力もした。



そうして、自分のしたいことは、自分でできるようにして来たつもりだ。

でも、いまは、それが必要なことだったのか、疑問だ。

私は、別に今の状態で困ってないし、何も思わないけど。

こういう風に、自立しなくても、守られて生きる人や、共依存して存在してる人もちゃんといるし、そういう人の方が、「人」として、正常みたいな描写を見かけるし、別に、なんでも、できるようにがんばる必要なんて、なかったのかも、と感じたりもするの。

まあ、「自由」のためには、必要なことですけどね。そして私は自由が好きだけども。


親知らずを抜いたった。まだ手始めの一本…ちょっと様子を見ながら、残り3本の抜歯を計画していかねば。。。
まだ痛みはないけど、今後が怖いわぁー(´・ω・`)
| - | 20:51 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

毎日を誰かのせいにしてませんか?

夏休みが、ほんの数日になっても、普通な気持ち(それどころか、お休みもらえるなんていい職場だ…と思えるよう)になっていて、わたしはすっかり、社会に飼いならされた人間になったかもなーと社会人7年目にして思うのですが。

でも、まだ、7年か。

定年まで、このくらい貯めるには、1年にどのくらい貯金しなければならないのか…を、冷静に考えるこの頃。
結構大変なんですけど。

退職金とか年金とかあてにならないものを、無視すると、まじで大変なんですけど。

あてにならないのに、毎月のお給料からきちんと引かれていて、ドブに投げ捨てている気分なんですけど。

でも、ストレスを被って、身体を壊すのはいやだし。そんなのバカみたいだし。
だけど

誰かのせいにするのは嫌だし。
自分の人生の責任なんて、自分にしかとれないのに。

人を責めたりしたくないし。

いま存在してることが、誰かのおかげであることはあっても、「誰かのせいで」不幸な存在ですなんていうふりをする奴にはなりたくないし。

「企業」のせいなの?
「政治」のせいなの?
「国」のせいなの?
「学校」のせいなの?
「上司」のせいなの?
「社会」のせいなの?
「親」のせいなの?

まず、疑うべきは、自分じゃないの?

それらに囲まれて存在している自分じゃないの?

全ての選択を、自分でできるわけじゃない。
運命なんてないけど、でも、自分で全てを決められるほど、人生は自由ではない。
だけど、ある一定の部分は、都度都度で、最終決定を自分でしているし、決めたら最後でジェットコースターみたいに進んでしまうわけではなくて、少しづつ微調整をかけられるのに、選択したらすぐ結論だけみたいな、「買い物」みたいな感覚で、終わるわけではないのに、適当に因果関係を探して、なにかを責めれば「自分は」許されると考えるその思考は、安易でとても愚かしい。

そんな人間になるのは、嫌なの。

完全な大人になるには、もうちょっとでしょ?
| - | 17:06 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

君がしたかったんだろ?

辞めてない。
仕事辞めてない。
7年目に突入した。
仕事10年続けるって大変なんですね。
この先なんどもある異動で、適応障害起こさない自信ない。笑
でも、精神疾患って、あんまり好きじゃないから、病院にはいかない。と決めている。
ほんと、長い産休も育休も精神的な病休もとらずに働き続けるみなさまには、敬服します。

だけどどうしても「心死んで、生きる男は…」の詩が頭にかすめるのだけどね。

じゃあ、心の死んでない状態とは?
なんでしょうかね。

最近ほんとに思うんだけど、本当に心の自由な人って少ない気がするんだよね。
なんだかんだ「持論」を述べる人も、結局、安全な「昔からの」話をなぞってるだけだったりするし、個性派のように見せてる人も、すごく保守的な人生観持ってたりするし。それが悪いといってるのではなくて、だから、ほんとに心の自由な人って少なよなって話です。


智くんの「忍びの国」を見たんだけど、前知識とかあらすじも知らずに見にいったので、ほんとーにおもしろくて、大好きに思いまして。二回観たいくらい。(まだ観てないけど)

その後映画サイトのレビューみたんだけど、意外にも、伊賀の国の人たちに共感できないとか、あの人たちのことをよく思ってない人がいて、それをネットに書き込んでいて、驚愕した。


私はむしろ、伊賀の国の下忍の人の行動に感動していて、それも改心する前の無門の行動に感心した。こういう人が好きだなって思った。

誰のせいにもしてないし、自分の力で生きていて、自分の感覚や考えを持っている。

伝統とか名誉とか、見栄とか、そういうものから自由なところで生きていて。いいなぁと思った。

伝統とか、家とか、そういうものに縛られて、死んでった、あのお兄さん(名前は忘れました)より、ずっと、「生き物」らしいと思った。少なくとも、誰かのせいにして、怒ったりしないもの。

「人間らしい」というのは、とても厄介で、怖いものだと思う。
本能や感情や正義を持ち出して語る人は、全員うさんくさい。

だいたい、そういう人は自分の「欲」を叶えたいだけだ。


自分がどうしたら幸せなのかを、もっとじっくり、きちんと考える時間がみんなにあればいいのにね。


そして、それを卑怯ではない方法で、しながら生きられたらいいのにね。
誰かに見せるためだけの、なぞったような生き方なんて、虚しくないのかな。
わからないけど。
もちろん、そういうルートが幸せな人も存在するけど。
私のことをかわいそうと、不憫と思う人もいるんだろうけどさ。
(現に伊賀の国の下忍を蔑む人がいるように)


でも、1番やっかいなのは、「忍びの国」でも、揶揄してたけど、そうと知らずに、そうだと認識せずに、なりふり構わず、生きる人たちなんだけどね。
「我さえ良ければよし」という欲を、あの本能や感情や正義の衣で隠して、幸せを着て、装って、人を傷つける人たちなんだけどね。


わかってないから、そんなふうに語って、見せて生きていけるんだろうけど。
本当に幸せな人は少ないって、最近とてもよく思う。



法律は、守るためにあるんじゃない。法律に従うために生きてるんじゃない。人の話が、すべて自分に当てはまるなんて思わない。

決められた法律はなぜあるのかいつも考えていたい。
運命なんてないと思ってる。
でも、
全部自分で決定していけるとも思ってない。

いろんなものに、押し流されて、生きながらえるので、その中で、わずかに、自分に選択肢のあるものは、きちんと、選びたいの。

おわかり?(おかわり?)
| - | 12:32 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

本当に大切なものは目には見えない

見えないし、誰も示してくれない。
モデルケースなんて見せてくれないし、本当に大切だから、教えてもくれない。
どんなところへ行っても、どんなことをしても、満たされないことがある。だけど、ほんの少しのことで、満たされることもある。

お風呂から出た瞬間、生きててよかったーてくらい、さっぱりするしね!

本当は、だんだん、わかってきてる。
自分の心をしあわせにする方法。
どこにいて、なにをして、なにになるかではなくて、自分自身が「どうありたいか」だけが、いつも私の心に影響している。

理性や知識が、判断することもあれば、感情や経験が私を動かすこともある。
でも、結局、「自分自身はどうありたいの?」ということだけが、いつも、大事。

毎日の中に、もっとも大切なものがあること。手品みたいな、魔法みたいな、チェンジはないこと。「ひとりひとりが」の本当の意味。

優しくて、強い人になりたい。
カチカチじゃなくて、やわらかい強い人に。
| - | 18:38 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

飲み込まれてたまるか

あいも変わらずですが、クソみたいな毎日を過ごしております。

よくなる扁桃炎になって、高熱を出すも、1日で回復しました。インフルエンザかと思ったけど、違いました。高熱さがったから、次の日職場に行ったら、「とかいってインフルだったりして〜」と同年代っぽいおばさん2人に言われました。
あなたがたの家族と一緒にしないでください。と喉元まで出かけたけど、のどが腫れてたから、でませんでした。


「いつまでも、子供じゃいられないしね」

「大人にならなきゃね」

それは、物分かり良く、「黙る」ということなのかな?

あるいは、

自分の立場や利益だけを声高に叫ぶことなのかな?

なんだろう、ずーっとある、ムズムズする感じ。自分の利益ばかり求めて声を荒げるおばさんとか、ホームレスを見ないふりできるようになることとか、「そうじゃない」って思ったことを、規模や場所の違う場所と、急に比較して、みえなくしちゃうことだったりだとか、なんか、そういうものへの、憤りというか、疑問視というか、そういうもの。

感じてた。
まだ、感じてる。
だけど、疲れてくると、それを「もう、いいや。別に」と思わないと、毎日をやり過ごせなくなって、そんなこと気にしないで、自分の場所だけ確保して、守ってやり過ごす方法を考え出すけど、でも、それって、結局、ホームレスを見ないふりできるのと一緒。

物分かりいいふりができるようになるだけ。
物分かりがいいんじゃなくて、「何も知らない」だけなのに。


一見、反する立場にあるように見える「自己中心的に喚くうるさいやつ」と「黙してやり過ごす人」どっちにも同じような嫌悪感や憤りを感じるのは、たぶん、同じ理由からだ。

どんな人がいたって、気にしないで、黙って自分のすることだけして、お金もらって生きていければそれでいいんだって言われても、納得できなかった。それは、きっと、同じ場所にいることになるからだ。


疑問や憤りを感じることすら忘れて、へらへら笑うようになんてなりたくない。これ見よがしに人を傷つけて笑いたくなんてない。

ほんとはいるはずの、「優しい人たち」がいなくなるのが、悲しい。

それを「大人」とか「しょうがない」とか言いたくない。


お金がものじゃなくて、「信用」だってこと、もっとちゃんと早いうちに知れればよかった。
「価値」について、これからも、ちゃんと考えていくべきだって思った。

よくある言葉だけど、もっとも価値があるのは、常に「今」だけだね。

いま、
いま、
いま


「いま、ここ、」の問題。
| - | 21:39 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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