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「風立ちぬ」と「かぐや姫の物語」

ジブリかディズニーかといえば、完全にジブリで育った私ですが、
「千と千尋の神隠し」以降の作品に関しては、特段なにも思わなくなってしまった。
というか、「千と千尋」も設定とか映像とか、顔なしの存在が面白かっただけで、
「風の谷のナウシカ」や「もののけ姫」を見たときのような感じは
実はなかったのだけれどもね。。。

だから、あんまりジブリを映画館に見にいかなくなって久しく…。
そんななか、今年は、宮崎駿監督が長編映画を引退するという件と
まったくタッチのちがう映像で作った件ということがあって、
映画館に見にいったんです。
「風立ちぬ」も「かぐや姫の物語」も。
でも、なんていうか、「あ〜なんで私これ見に来たんだろ…。」
と両方思ってしまったというか。
やっぱり好きなジブリ作品は?の質問にきっとこれからもずっと
「風の谷のナウシカ」と「もののけ姫」って答えるだろうし…。

どちらも絶賛されている中、こんな感想を誰にもらしたらいいものか
わからず、いままでだんまり決め込んでたんだけど。。。
いたたまれないので、ここに吐露。

「風立ちぬ」に関しては、こんな風に戦争を描いてほしくなかったな。
それも宮崎駿監督に。
誰もが戦争に少なからず加担していて、戦争って、本当に誰の責任
とかでないなって思うけれど…。
でも「純粋な技術への憧れ」とか、私は、なんていうかわからないけれど、
とても認められない立場にいて、ぞっとするのね。
そんなのウソだって思う。正当化したいだけな気がする。
そういうものを使おうとするとき、本当はもっと、倫理観とか、
どうあるべきかとかいろんなことが議論されるべきだと思うのに、
経済の関係とかもあって、技術だけがどんどん押し進んで、
そこからなんとかして使用方法とか規制とかしようとしているのが現在だけど、
私、それがとても嫌いなのね。(これは無論、私の感情論だけど。)
もちろん、取り入れていかないと取り残される!っていうのもわかるし、
使っていくうちに、大丈夫になることも多い。
だけど、いままでそうだからって、これからもそうだとは言い切れないと思うの。
技術の速度が上がれば上がるほど、議論の余地はなくなって、みんな空気を読んで、
赤信号をみんなで渡りだしたりする。
私はそれがとても危険だと思うし、それを抑制する、しようとするのが文人だと
思っていたけれど、とてもそんな人、もう、いないのかもしれない。
どこにも。

それに、「風立ちぬ」での女性の描かれ方にうんざりした。
本当にナウシカを描いた人の作品なの?
美しいけれど、あの飾り物てきな扱いはなんぞ。
裕福な着飾れる病弱な少女。
「人はやっぱりふたりでひとつ」的なことなの??
でも、なんでこの二人は一緒にいる必要があったの?
ソフィーとハウルには意味があるけど、この二人はよくわからない。
そこはやっぱり「リアル」なひとつで、「世の中の人は別に意味も理由もないが、
その時々の感情で、一緒にこの生をすごしていくべきひとを見つけ往々にして伴侶とする。」
ということなのでしょうか。
物語にリアルを入れるとは、すべてをつじつま合わせにしないということなのだろうか。

「いざ、生きめやも」とは思わんだ。

きっと私は戦争や、あの当時の知識が足りないうえに、人間としての感情もどこかけつらくしているのかもしれませんね。だからわからないのかも。

「かぐや姫の物語」も宣伝文句にまんまと騙されてしまった。
「罪と罰」なんて大きなものではないな…。と感じたのは、私だけ?
またしても、人間の感情礼賛、自然への回帰に感じたのは私だけ?
確かに、感情てんこもりのかぐや姫から考えれば、最後迎えにきた月のひとたちはとても冷淡でいいとこばかりをとりそろえたように見えたけれど、その中心にいたのが仏様のような姿形をしていたのは、とても意味深い気がする。
あれを見ていて、私は涅槃を思ったし、翁や帝たちをみて煩悩を思った。
だけど、映画自体が、月の世界を否定しているような感じがして、いやだった。
かぐや姫の視点から描かれているから、そういうふうに見えてしまったのだろうけれど、
感情もりだくさんで、笑ったり怒ったり泣いたり、恐怖を感じたり嫌悪したり、盗みと思わずしたいからするという行為をして食欲を満たしたり、好意をもったり…そういうかぐや姫。
このかぐや姫、異常に感情の動きが大きくて、しかもかなり自分勝手。おしとやかさとか慈悲みたいなものもない。
だけど、それが、物語の最後に本当にちょこっとでてくる「罪と罰」でよくわかった。
かぐや姫はそれがしたかったんだよね。
月の世界で憧れてしまった「地上の世界」きっと「穢れ」とされていたんでしょう。
それなのに、そんなにあこがれるんなら、いっておしまい!的な感じで「罰」として
地上へ。
念願の感情もりだくさん。鳥も虫も獣もいる世界。
笑っていられる楽しい世界だと思っていたら、ところがどっこい。
月の世界の仕業かしらんが、この世界はそれだけじゃないよってことを、都にいって知らされるのね。
いろんな思惑がうごめいていて、その思惑に嫌悪。
嫌悪からのヘルプミー。
ヘルプ自分で出しといて、「やっぱ帰りたくない」と来たもんです。
それも、感情からなのかもしれないけれど。
どんな思いであろうと、たとえ「嫌悪」もあったとしても、人を好きになることや、思いやること、世界を愛でること…そういうものもある、「地上の世界」が好きなのに!みたいなね…。

なにこれ。

私は、どちらかというと、月の世界の人々にあこがれる人間で、感情礼賛には反対なのです。ないとは言わないよ。感情が。でも、それを両手を挙げて賛成できない。なんでもかんでも認められない。もっとみんなが冷静でいられればいいのにと思うことがいままでに幾度あったことか。
たびたび「冷淡」だといわれることがある私は、それを人にむかって言える人たちのほうがよっぽど冷淡だと思っているのですが。。。
感情と、少しでもまともに向き合って、むき出しにせず、きちんと処理していけるような(いつもとは言わないよ)、人間になっていけたら、どれほどいい世界ができるんだろうと思うんだ。そうすれば、きっと、自分がそういうことをして感情と向き合った分だけ、相手方の感情をも、推し量ることができると思うのに。煩悩をむきだしにせず、慈悲に変えていくって、そういうことだと思っているけれど…。

だから、「かぐや姫の物語」は内容も好きになれなかった。

もう、ジブリを見て楽しんでいる年じゃなくなってしまったのかなー。

 
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