いいんじゃない(どうでも)

言葉に置き換える作業

っていうのはさ、以外に難しいよね。
自分の感じることとか、考えとか、思いとかそういうのを言葉にして、相手にわかってもらおうと言葉に置き換えるって難しいんだよ。本当は。

言葉は、当たり前にあるようだけど、必ずしも同じようにその言葉を理解してるとは限らないから。

自分で伝える努力もせずに、わかってほしいなんて、ふざけてる。

誰もかれもがそうしたいとは思っていないと大人になるにつれて、わかってきたつもりで、だから、私も早々に退散した。

言葉を尽くしても、虚しいだけだ、そんなの。

相手が、言葉に置き換える努力をしないのに、こちらも頑張ってやる必要もない。理解してみようとも思わなくていい。だから、そういう人だなって、大体のところでわかったら、そういう人には、そういう人なりの対応を心がけてるつもりだ。
私も相手も疲れない、よい方法だと思う。

でも、わかってほしかったり、わかりたいと思う人にあったなら、言葉を尽くして、伝えたいし、感情的にならないで、なんとか理解しようと努めてしまうので、それがたぶん、傷つく原因の1つなのだと思う。

お互いにその前提をわかっていて、思いやれる人たちだったら、幸せだけど、こちらの見誤りがあれば、「あ、間違った」と思った時には、すでに傷つくタイミングに来てる。



私は、「言葉」に対する思いが、重い方だと思う。

感覚のほうが、断然はやく判断していて、後から遅れて言葉が見つかるときがあるのも、知ってるし、言葉にできないような、ものが、あるのもわかってる。でも、人に、「何かを伝える」には、私たちには「言葉」があって、考える頭も行動することも、できるはずだから、そうしないなんて、「そうしたくない」か、ただの怠慢だと思うから。


だからなのか、わからないけど、私の頭はいつも何かを考えていて、言葉を連ねて、またほどいて消して、言葉を選び直す。感じなおして、考えなおす。何度も重ねたら、わかってくることもある。

音楽を聴く人には2種類あって、音で聴く人と歌詞を聴く人がいると、読んだことがある。
私は絶対、歌詞で聴くタイプで、だから、「自分なりの理解」ができない歌詞の歌は聞かない。(あと、リズムも結構大事です。笑)


そうじゃない人もいるんだから、傷つくことも、絶対あるんだよ。音楽に当てはめたら、2分の1の確率で傷つくことになるんだから。

傷ついても、自分のことを無視しないで大事に認めてあげれば大丈夫。相手からみた自分を否定しなくていい。
相手の価値観なんて「いいんじゃない」(どうでも)と思って、遠ざかればいい。交わらない平行線の彼方に。

でも平行線も、その彼方では、交わるという説も、あるようですね。
| - | 22:10 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

その線は水平線ですか、そうですか

最近、回りくどいめんどくさいことが本当に心底嫌いです。

言いたいことがあれば言えばいいし、聞けばいいのに。答えたくないなら答えなくてもいいけど、「答えない」っていうのが、そもそもある種答えになってるからな。ってのを理解して使って欲しいですけどね。
おしゃれっていうか、「なんか気持ち悪い」
見せたがりなのか、隠したいのかわからない感じに卑怯さを感じるし、とにかくあの空間が「気持ち悪い」。


わたし、「変わってるから好き」とか「あんまり見ないから好き」っていう理由でなにかを好きになる人のこと、ほんとに好きじゃない。
なにその理由?
全然、その対象のこと見てないでしょ!?って思うね。

「マイナーだから好き」って倒錯してるわ、まじて。気持ち悪。

なにその、受け身の理由?

なんかこう、自分から何かを感じ取って好きになるっていうことがないんだろうね、そういう人って。

常に自分に対してしか興味が向いてないんだよ。「これを好きな自分が好き」なだけなんだもん。


そういう人の趣味の話聞いても全然面白くない。
うすっぺらでしかないんだもん。


変わってる、古くて新しいとか言っちゃうのもよくわかんないなー。わたしは自分にとっていいと思うか否かしかないから、「ダサ」ってなったらそれで終わりかな。

ふつうに趣味悪くても、自分の好きなもの知ってる人のほうが好印象だ。

「変わってるから好き」なんて「流行りだから好き」と全く同じやん。


はーつまらんつまらん。

「理解できない」から「深い」
と安易に考えるアッポは自分の薄っぺらさを、感じたほうがいい。その方が身のため。
| - | 23:40 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

仏の顔も三度まで

自然災害は、「しょうがない」と思えても

「人」ができるのにしなかったことに対しては、やはりただの「ずるさ」しかないので

その辺、整理してほしいです。

戦争は「しょうがない」じゃ済まされないでしょ。

特定の人物の責任にならなかったとしても、一定の人数の特定の人たちが決めてしたことだということを、忘れない。
敵と味方ではなくて。

裁かれなくてもいい、ただそういう肉の塊どもに安眠できる日が訪れなければいいと思うだけ。
| - | 20:53 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

モノや形にできない姿で

全てのことは変わっていくから、執着するのをやめた。

願っても、思い通りにいかないことばかりなのが世の中だから、期待するのをやめた。

そのかわり、私も、自分の望みをなるべく優先するようになって、向かい合った一個の人に対しても、自分の気持ちを優先して、言葉を吐くようになった。

それでも、まだ全然言わないであげている。本当なら、もっとたくさん言葉が溢れている。人を傷つける言葉が。

時々、嫌悪と怒りで、その人そのものを全て否定するあらゆる言葉と、惨めで恥ずかしい気持ちになるように貶める言葉を次々と吐いてしまいたくなる。
でも、言わない。
言ってない。

悪いかと思って。
一時の感情で、言ってしまったら、悪いかと思って。
コテンパンにすることができても、自分にとって後味悪くなることもあるからサ。それでは自分にとってもよくないしね。


でも、時々自分でも怖くなるくらいの言葉が頭の中に溢れる。きっかけさえあれば、言ってしまいそうで怖くなる。してしまえば、簡単だから。


期待しなければ、なにも悲しくないし、落胆もしない。そのかわり、喜びも嬉しさも生まれないと気づくのに、10年以上かかってしまったね。
| - | 22:12 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

資本主義死ね

保育園落ちた、日本死ね
が、取り沙汰された時、わたしは、正直、思うところたくさんあっても、なにも言わないことにした。
そのくらい、しょうもない言葉に思えたから。それを取り出して報道すること自体にも、しょうもなさを感じていたから。

だけど、今思うと、矛先間違ってんなって思った。

「日本死ね」は明らかに間違っていて、どちらかと言うと、「資本主義死ね」ではないかと思っていて、それを判断できないこと自体が、本当に残念な出来事です。
本人だけでなく、それを報道した人たちも、それを受けて、言葉を発信した人たちも、どうか、矛先を間違えないでほしいと思うのです。


というのも、わたしは、最近、本当に、本当に、この世の中はどうかしてしまっているなぁと感じていて、デモが起こる国を羨ましく思いつつも、デモが起きないくらい、やる気も削がれてしまっている現状もわかっているのだけど、でも、なにがおかしいのかを、やっぱり考えて、変えられることは、変えていかないと、誰も幸せになんてならないと思っていて。


もちろん、世の中や社会の仕組みっていうのは、革命みたいに、ころんとすぐに変えられるわけではなくて、じわじわと何年もかけて、変えていかないと、たぶん、本当の意味で変わることはできないと思うのだけど、資本主義を止めるには、世界の人々が一斉にやめないと意味がないのですよ。

人々の意識から、変えて、やめていかないと、資本主義からは抜け出せない。

みんな薄々感じてるのに、変えようもないし、変わらないと思うから、現状の仕組みの中で、折り合いをつけてるつもりだろうけど、その中で、楽して得してるのは誰だって話。


なんで、そんな奴らを支えるために一生働くの?



国も変ですよ。 人が1人死んだの。なのに、平気な顔でいられる人たちを憎らしく思う。

限界にきてるよ。


今の世の中が続けばいいなんて、思ってない。

許したりしてはいけないんだ。
忘れてはいけないんだ。
考え方が染み付いてるの?
大丈夫。抜け出せる。
誰もみたことのない世界のほうが、きっと希望を感じることができる。


でも、わかってる。
かわることなんてほとんど不可能。

退職をして好きなことをして生きようと煽る人も、結局は、結婚したりなどして、自分以外の収入で生活している。あるいは、昔の自分と同じような悩みを持った人たちから、その人たちが働いて得た収入を少しずつ搾取して生活している。

本当にそれでいいんですかね。

私にはわからない。
考えるなと言われるけれど、考えてしまう。
そして、そのことを話しても、わかってもらえることはない。

さみしくはないけど、虚しさだけが、年々積み重なり、忘れることはできないまま、生活を続けることの難しさを思う。

みんな、自分だけは大丈夫と思ってるのかな。
年金もらえると思ってるやつ、まだいるんだね。わたしはドブに捨ててるのと同じ感覚。
| - | 19:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

不安を拭うことを一生できない恋ならあたしは大きな声であなたにさよならを言おう

aikoのライブに、友人誘われていくようになって、もう何度も足を運ぶようになった。

aikoって、私の世代はみんな中学〜高校〜大学とずっと聞いてきていて、知らない曲がほとんどないので、すごく楽しいというのもあるけど、なにより、aikoのライブって、なんていうか、すごくあたたかい、懐の深い感じがして、終わった後、「あー楽しかった!」と一緒に、心の中にじーんとあたたかいものが残るのです。

それは、aiko自身がすごく人を楽しませるライブをしていて、しゃべりも上手くて、優しくて…というのがもちろんあって、さらに、そこにきているaikoファンのみなさんも、すごくあたたかいからなのだと、行くたびに思う。

ライブ会場全体が、すごくあたたかい空気感に包まれているように感じる。

すごいなーっていつも本当におもっています。そして、私はとても元気をもらうのです。

毎回、aikoは、毎日の生活の中にある、辛さやしんどさを心配してくれ、そういうものを、ライブで全部受け止めようとしてくれている。そういう、嫌なもの、不安は全部ここに置いていって!と言ってくれ、そして、そういう不安や辛さはaiko自身にもあると共感してくれて、その上で、ライブ会場で楽しんで、楽曲で癒されて、元気をもらって、また会える日まで、一緒にがんばろう!というエールをくれるのです。


本当にすごくステキなアーティストさんだと、思います。
そのライブにいつも誘ってくれる友人にも、本当に感謝しています。


年末年始〜1月まで、本当におかしくなっていて、自分が自分でない感覚で埋め尽くされて、すごく辛かったけど、だからこそ、学べたことがあったと、今はやっと、思うことができている。

だから、そのときに感じた、大切な人たちや、大切な物事を、私もこころから大切にしたい。

そのために、今の環境を変えること。むしろ、整えること。

遠慮しないで、しようと思う。

さよならは、簡単じゃないけど、惰性で続けて辛くなったら意味がない。
大切にするのは、正義や常識じゃない。
そういうことを、学べたように思う。

| - | 18:47 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

そういうんじゃない

ここ数ヶ月、すごくずっと考え通しで、落ち込んだり、大丈夫と思ったり、上がり下りが激しい。


何を、したかったのか、最近本当によく考える。

子供の頃の息苦しさを、大人になっても続けてるなんてどうかしてる。

もっと、楽になると思ってた。

社会に出て思ったのは、「小学校に戻ったみたい。」だった。
社会っていうのは、おかしな人間だらけだ。
おかしなことを、大きな声ではっきり言える人に、圧倒されて、怖いと思った。でも、言ってることはめちゃくちゃだし、クソだ。数年たって、そう思ったら、誰に対しても、本当の意味で謝ることはなくなった。

なのに、平気で謝るようになった。
適当に、その場をやり過ごすために。

受け入れたくない状況にも、目をつぶって、やり過ごした。

やり過ごしてばかりいたら、そのうち、無理が溜まっていって、いまはもう、したいことが、なんなのか、わからなくなった。


私ではない「誰かの」望みを叶えるために、なぜ、こんなに疲労困憊なの?

こんなの、絶対におかしい。

こんな生活で、100年人生とか言われて、総活躍とかいわれても、しんどいだけなんですけど?

バカじゃないの?

はっきりいって、バカくさい。
最近の傾向はすべてバカくさい。
本気で言ってんの?それ?って思うものばっかり。


子供なんか産むかよ。

今の自分の生活が、いいものだとは思えないのに、生き物を産み落として、週5で学校に行かせて、決まった時間に決まった場所に行って、ものごとを行うことを身につけさせて、お金というツールを、価値と思わせて、なければならないものと思わせて、頑張って勉強した先に待っているのは、週5残業ありの毎日したくもない仕事をして1ヶ月過ごせるだけのお金をもらって、食いつなぐ生活。

これを、なぜ、大切なものにさせると思うんだろう。


「何のために生きるのか」
レヴィナスは「来たるべき他者のため」と言った。

本来は、そうだったんでしょうね。
でも、いまは、そういうんじゃない。

遠くを見ずに近くだけ見て、生きればよいのだけど、近くの景色にはもう、うんざりなの。
| - | 00:35 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

君と出逢ったこと、離れても忘れない

どんなに、体験者の声を聞いても、どんなに、丁寧にしたためられた文章を読んでも、

どんなに忠実に再現された映像を見ても、

誰かが記録した動画を見ても、

たぶん、本当にそこにいて、そこで過ごして、そこでいろんなものと関係を結んでいなければ、わからないことがほとんどだと思う。


わたし、SNSが嫌いで、連絡手段としてのLINE以外何もしてないのだけど、もともとは「嫌い」とまでは思ってなくて、めんどくさいからしてないだけだったんだけど、最近の、なんでも、誰でも好き放題に短い言葉や映像で物事を発信するのがどうしても、気に入らないのです。


ただ、面白おかしく仲間内や趣味の範囲で遊んでる分にはなんとも思わないけど、さも、自分たちが「正義」のように、強い口調で物事を、語り、人を強く糾弾する人にはがっかりします。

対面でも、言える言葉を使っているのか疑問です。

お互いに監視しあって、好きなことも言えなくなったら、その面白さも半減ではないのかと思うのに、どうして、どこにでも、そういう自分からみた物事や考え方を、正しいと疑わず、自分がいいと思った他人の言説を自分の主張のようにして、発信して、「正義」と思い込んで、取り締まろうとする奴が、出てくるのでしょうね。


社会システムや規則なんて作れば作るほど、窮屈になるだけで、悪用する人だって出てくるのに。

ほとんどの人が、「なんとなく」でも、ゆるやかに、守ってこられた、自由な状態を、一部の悪意のある人たちによって、窮屈にされていくのを、見ていて、悲しくなるし、がっかりします。



法律はいつかなくなるのが理想と言っていたのは誰だっけ?
わたしもそう思っていた。

人が何百年もかけて、昔の人たちが、私たちが理想とする精神を自分たちのものとして、落とし込んでいけること。

いつの時代も、若者と古い人たちの考え方にはズレかできていて、でも、それがいいことで、少しづつ変わっていくこと。

そうしたら、いつか、法律や規則や、それを取り締まるものたちもなくても、みんなで生きられる世界がくればいいと思ってた。何百年先だったとしても。


でも、たぶん、そうはならない。
社会は群れだったから。

群れだとして、野生の状態で生き残る生物は、いつでも、ずる賢くて、卑怯で、自分の取り分を取れて、やさしさなんて持ってない個体だ。

だから、きっと、そういう人たちが、生き残っていく。
そういう人たちが子孫を残して、「ヒト」という、生物を残していくんだ。「本能」とやらで。

それでいい。

でも、わたしは、自分が生きている限り、そうではない人たちと関わり合って生きて生きたいと思う。そうではない人たちを大切にしたいと思う。

「人間性に失望してはいけない」

それはとても難しいね。
| - | 13:30 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

わたしの好きなあなた

今年に入ってから、マーベルに怒涛にハマりまして!


正確に言うとマーベル映画なので、MCUなんだけど。
そうです、ミーハーです。


キャプテンアメリカが大好きで、グッズも買い集めています??

Dlife のマーベル特集でまんまとハマってしまって、しっかりインフィニティウォーを見て、これまでの過去作品もほとんど見終えそうです!

好きなものがあるって幸せ!

元気をもらえるもの!

キャプテンアメリカの、精神が好き。
俳優さんがカッコいいというのもきっとあるだろうけど…笑

でも、やっぱり、精神が好きだなぁ。
架空の存在だけど、「キャプテンアメリカ」という存在がいて、よかったなぁって、本当に思う。

キャプテンアメリカが発する精神が存在するのが、嬉しい気持ち。

というのも、私、最近今まで好きだったものたちに、まるで関心なくなってきていて、「わくわくする!」みたいなの、少ないんだよね。

でも、そんな大人になるのつまらないしさ。

キャプテンアメリカを好きになって気づいたことがあって、私は誰かや何かを好きになる時、私がその人や物に抱いている「そうあること」というか、精神性というか、そういうものに、惹かれているだけのような気がする。
その人そのものっていうよりは、私が抱いているその「何か」に惹かれるだけだから、私が勝手にそれに飽きたり、なんか違うなと思ったら、興味が失せるんですよね。


それが、数年おきにやってくるので、結局、何も好きじゃないのかもなーなんて最近考えてしまうのです。


わたしの、好きな「あなた」が消えれば、わたしのなからからあなたは消える。


| - | 22:28 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

あなたの夢が叶うなんていつなの?

人の存在は、社会的というけれど、最近「群れ」だろ、と思う。


最近の政策のネーミングセンス、頭の作りを疑うレベル。気持ち悪い。


どうにかしてもらおうなんて、もう、思ってない。

誰にも、何にも期待してない。

年金?あぁ、人にあげるために毎回給料から引かれてるあれでしょ?わかってますよ。




期待なんてしてなかった。
何年も前にやめていた。
誰に対しても、何に対しても。



でも、知らない間に期待していたんだね。
幸福なことだ。
そんな状態でいれたなんて。


何にも期待しないよ。
自分の存在や自分の欲しいものや自分のいきたい先に対して、責任を負うのはいつも自分だ。


自分らしくありたいなら、辛くても、きつくても、自分でしていくしかない。

ずっと前からそう思って生きてきた。

だから、人にしてもらってきたくせに、文句を言う人間が嫌いだった。

自分の存在の確立すら、自分でできないくせに、それを揺らがせられたからって喚く人間が嫌いだった。


だから、私はそれにはならない。

たとえ、そうする方法が、冷たくて、悲しいものに思われたとしても。
今はそれを選ぶ。
自分のために。



人に優しくするには、自分が余裕を持ってないとできないと思う。

優しくない人間が多いのはなんででしょうね?笑

私利私欲の塊が多いのは何故でしょうね。

うわっつらしかない感じなのは何故でしょうね?


そろそろ本質をみれば?
| - | 23:34 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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